「せっかくの二人きりなんだ。 恨まれていいなら、行ってこい」



アスランはキラがいると、性格が180度違うからな。
まぁ、大概は驚愕するが。
しかし、アイツも心が狭い。
せっかく久々の2人っきりの時間を潰されたら、アイツは実際には恨むどころじゃないだろう。
・・・その際の後始末は全て、俺に降ってくるからな。


・・・・その災難も、今回で終わりだな。
・・・そうではなかったとしても、被害はコイツ等も巻き込むことになるが。








受難物語
   ― “氷の貴公子”の素顔 ―








「アスラン」

「………」



沈黙。



「アスランってば」



沈黙。



「アースラーン♪」



無視&沈黙。

ここはヴェサリウス、アスラン・ザラの私室(同室者・ラスティ)である。
元々ここは軍艦であるから、エリート様とはいえ、それほどー緑の一般兵よりは、広めであるがー部屋は広くはない。

そのあまり広くはない部屋に、今、元々の住人である二人以外に、六人の人間ーつまり、合計八人ーが入り込んでいて。

本来あまり人付き合いが得意でなく、連むことを苦手とするアスランには、我慢ならない事態である。


しかも。
彼らがここにいる理由が理由であるため、その機嫌は下降の一途を辿っている。



「なー。 いーかげん、おしえてくれよー」



そう。
彼らがここにいるのは、聞く…というより、問い質すため、だから。
何を…といえば、アスランの愛しい愛しい愛しい愛しい…(∞)キラのこと。
実は、結構…かなり心の狭いアスラン。
本当ならば、キラのことを誰にも見せずにしまっておきたい位なのに、
何を好きこのんで、こーんな奴らに言わなくてはならないんだ…と、
ここにいる奴らに聞かれれば、噴飯もののことを思っていたりする。

無表情で。
それは、正に“氷の貴公子”そのもので。
だから、このまま無視を続けていれば、何時もの事と、彼らも諦めてくれただろう。

そう。
一人さえ、居なければ。



「キラは、泣くだろうな」



ぽそりと呟かれた言葉に、アスランは内心で罵倒する。
なんで、と。
なんで、こいつがここにいるのかと。

昔は、そうではなかった。
こいつも、自分の裡には入り込んでは来られなかった。


それが。



「イザーク…」



冷たい視線も何の其の。
ドコ吹く風と、受け流されてしまう。
それもこれも…。



「事実だろう。 曲がりなりにも、こいつ等はお前の同僚だろう。 当然、キラは相応の付き合いをしていると思う。
それが違ったとなれば、まぁ、泣きはしなくとも落ち込むだろう。 それに、俺は一応の説明はした。
後はお前が話すのが筋だろう? それをしなかったりしたら、泣くのは当たり前だな」



言外に、お前が泣かせるのだと言われて。
アスランが折れないわけはないのだ。

これが、イザーク以外の…例えばディアッカでも、ラスティでもいい。
いくらでも、無視できる。

だが、イザークは…。



「…………何が、聞きたい」



キラが。
キラが友人だと認めてしまったから。
その頼み(同僚の質問に答えろと言)を断れば、確かにキラは泣くだろう。
キラは、友達をとても大切にしているから。
ついでに、自分もそうだと思っているから。

それに、一応人付き合いは、きちんとすると約束したのだ。
それができていないと、やはり不味いだろう。

だから。
だから、渋々(本当に渋々)、アスランは折れた。



「だ、そうだが?」 



そんなアスランの心の葛藤をしっかりと察して、何を聞きたいんだ? と、皆に振る。
そんな二人の様子に、イザークとアスランの関係も聞きたいと思ったが。
それぞれが顔を見合わせて。



「キラさんと、アスランって、結婚されるんですよね?」



と、一番気配り上手&アスランに懐いているニコルが代表して質問した。
イザークとアスランの二人の関係については、恐らく後ででもイザークは教えてくれるだろうから。
今は本人にしか聞けない(イザークも教えてはくれない…或いは知らない)ことを聞こうと考えたのだ。



「ああ」



腹を括ったのか、アスランも取り敢えず答えている。
それにごくりと唾を飲み込んで、更に突っ込んだ質問をしていく。



「で、お子さんがいらっしゃるって聞いたんですけど」

「…ああ」



これは…と思ったが、それでも仕方ないと、アスランは答える。
ならばと、質問を続けようとした時。



「名前、何つーの?」



横から、ディアッカが質問を掻っ攫う。
本当ならば、段取りをすっ飛ばした相手を諫めてやりたかったが、
ここで流れを止めると答えが返らないだろうと何となく感じていたので、
ニコルは軽く睨むだけに留めておいた。

ま、それも聞きたかったことの一つではあったし。
それに、渋々…本当は、答えたくないとしっかりと滲ませつつ答える。



「…メーネとセレン」



名前からして、多分メーネが女の子で、セレンが男の子だろう。



「お幾つですか?」



これも、流れの中で当たり前の質問。
だが、彼の年齢を考えれば、多分一歳かそこらだろうと考えていた。
というか、もしかしたら、双子? などと考えていたのだ。
だが。



「……上は、もうすぐ三歳で、下は四ヶ月」



………
はい?

アスランの答えに、一瞬時間が止まったと思ったのは、気のせいか?
年齢が違うと言うことは、双子ではない。普通の姉弟ということだろう。
で、四ヶ月は…まぁ、いいとしよう。(ホントは良くないのだが)
だが、さんさい?

目の前のこいつは、自分たちと同じくらいの年齢(正確に言うならば、十六歳だったはず)で…。
子供が生まれるのには、一年近くかかるはずで。
となれば、生まれたのが十三歳ってことで。
ならば、…えーとー。
キラ、さんは…。
………



「あの、キラさんて、お幾つですか?」



恐る恐る、尋ねてみる。
まさかとは思うが、彼女(キラさん)は、年上の彼女なのだろうかと。
見た感じ、それほど違うとは思えないが。
というか、年下にしか見えないが、実は、脅威の童顔で、ずっと年上とか?

それならば、まだ心の平安が保てるのではと、儚い望みを託して尋ねてみる。


だが。



「…十六」



返ってきた答えは、それをぶち壊すモノで。



「…って、お前、幾つで子どもつくってんだよ」



十三歳で父親ってのも何だが、本当に、幾つでやってるんだ!
叫んだのはラスティだが、それは全員(イザーク除く)の心の声。



「悪いか」



だがそれに帰されたのは、開き直りとも取れる言葉で。
思わず、全員が絶句する。
その言葉には勿論、その声音と、表情に。

まるで、いたずらが見付かって膨れている駄々っ子のようなそれに。



「悪いとは、言いませんけど」

「犯罪なんじゃねーの?」



なーんとなく微笑ましくなって、そう返す。
それにますますアスランはぶっすりとして、



「仕方ないだろう。 ……誰にも、取られたくなかったんだから」



返す言葉も、何というか可愛らしくて。



「てことは、結構前から知ってたんだ?」



質問も、全員から出始める。
こんなアスランも、いいじゃないかと。
そう、思えて。



「幼馴染みだ」



だが、アスランはそれに気付かず、相変わらずのぶっすり仏頂面で。
それに、全員何となく分かってしまった。

こいつは、決して“感情”がないわけじゃないんだと。
ただ、果てしなく…本当に果てしないまでに不器用なんだと。
そう思えたら、“氷の貴公子”も近くに感じることができる。


だから。
教えてやろうじゃないの。
感情ってやつを。

まぁ、とーっても、難しいだろうけど。
なんせ、イザーク(多分、イザークの突っかかりも、それが理由なんだろうから)の努力の甲斐もなく相変わらずなのだから。
それでも、やらないという選択肢はなくて。


取り敢えず。



「え? 幾つからよ」



今は、キラのことだ。
どうやら、この不器用者は、キラのこととなると、感情を表すらしいから。



「…四歳から」



だから。



「え? キラちゃんって、どっかのご令嬢?」



つんつんと、つついてやろう。



「違う。 キラは普通の家庭で育ってる。 それに、一世代目だ」



それが、自分たちの聞きたいことにも繋がっていくだろうから。



「へ? 十六だろ? 珍しいねぇ」 



ので、心の赴くままに、質問攻めにしてやる。



「え? てことは、両親はナチュラルなんですか?」



そんな人との結婚、よく委員長が許したよなー。



「ああ。 母親同士が親友で…」



などなど。
浮かぶ疑問のそのままに質問しまくる同僚と、
端的ながらもそれに答えるアスランの様子に、イザークは小さく息を吐く。


全く、と。
事、キラのことになると、こいつはこれほどに饒舌になるんだか。
あの時のアスラン。
あれが、本来のこいつなんだし。
それを何時も出していれば、キラも心配しなくてもすむのに。 
そう、思って。


ふと思い出す。
あの日、あの時。
こいつの本性を知った、その時を。







それは、イザークが母・エザリアの迎えに宇宙港へと行った時だった。

その日。
勿論、普段忙しくて会えない母に会いたい…という気持ちもあったのだが、
メインは、言いたいことが…というよりも、どうしても言いたいことがあったため、
カレッジの授業が終わって、すぐに来たのだった。
発着ポート近くの待合い場で時間を確認すれば今少しの余裕があり、
少しぶらついてみようと思ったのが運命の分かれ道だった。
他人の視線を感じるのがイヤで、部屋を出て通路を歩いていると、
何となく目についた人影があった。
普段のイザークならば無視するのだが、それはできなかった。
何せ、その人影は、女性だったのだから。
いや、女性…というか、まだ十二前後くらいの、子どもと称した方がいいだろう年齢だが、
イザークはエザリアの教育が、骨の髄まで染みこんでいた。
すなわち、


『イイですか、イザーク。 真の紳士というモノは、弱き者にこそ優しくしなくてはなりませんよ』


と言う言葉が。
弱き者、すなわち、女性と子どもである。
そして、目に映る人影は、その両方を満たしている。
しかも、なにやら困ったような表情をしている。


となれば、イザークには無視するという選択肢は欠片もなくて。



「どうした?」



近づいて、声を、かけた。
ら。



「え?」



…………
一瞬、言葉を失った。

その時、イザークは初めてその人影を正面から見たのだが、あまりのことに、言葉を失ったのだ。
そう、あまりにも、可愛らしくて。

意中の人がいなければ、ぽとりと恋に落ちていたかもしれないほどの衝撃。 
だが。



「…あ、何か、困ってるのか?」 



何とか根性を総動員して、間抜けな表情を晒す愚を犯すことだけはなく、
本来の目的である問いを発する。



「あ、あの…」



その問いに、目の前の少女は、
困ったようにして…それがまた強烈に“守ってやりたい”という想いを助長してくれる。
それにたたき込まれたフェミニストぶりが加わって、
普段の彼からは考えられないほどの優しい声で、もう一度問いかける。



「どうしたんだ? 何か、困っていたんじゃないのか?」



それが、功を奏したのか。
最初の衝撃をかわしたのが良かったのか。
それでも返事を返さない少女を、少し冷静な目で見ることができた。
それで、気付いた。
大抵の相手は、自分が声をかければ、緊張する。
だから少女がろくに返事ができなかったのは、その所為だと。
だが。
今目の前にいる少女の態度は、少しおかしい。
緊張してはいるが、それは自分に…“ジュールの名”を持つ者に声をかけられたから、ではないような?


否。
どちらかと言えば、その瞳に映る感情は、怯えで…。
もしや…と思う。
もしやして、自分のことを知らないのか…と。

勿論、プラントに住んでいる者ならば、それはあり得ないだろう。
何せ、自分は幼い頃より、メディアへと(殆ど無理矢理に)出されていたのだ。
広告塔となるために。

これは、他の評議会議員の子息も同じで。
だからこそ、知らないというのならば…。



「ああ、まだ、名前を言っていなかったな」



ある可能性を考えて、言ってみる。



「イザーク=ジュールと言う」

「えと、イザー…クさ…ん?」



姓ではなく、名前を呼ばれたことに、また、それが不思議そうに答えられたことに確信する。

この少女は、プラント市民ではないのだと。
だから、怯えているのだと。
それはそうだろう。
右も左も分からない場所で、見知らぬ輩から突然声をかけられたら、誰だって警戒するし、怯えるだろう。

それに、そうであれば少女の困りごとも何となく推察できるが、
こちらから言えば、余計に怯えさせてしまうかもしれない。
ので。



「ああ。 何か困っているのなら、手助けするぞ?」



相手から言わせるように、誘導してみよう。



「えとえとえと、で、でも、知らない人に…」



だが、敵も然る者(違う)


ので。



「ああ、いきなり見知らぬ者に声をかけられれば、警戒するな」



オーソドックスに行ってみよう。



「いえ、そんな…」



どうやら、効果はあったようだ。



「だが、気にするな。
ジュールの名を持つ者として、評議会関係者として市民を守るのは義務だからな」



更に、だめ押し。



「え? 義務…って、えと、私、まだ市民じゃ…」



返された答えに、笑みが零れる。
本当に、この少女は自分を…時に煩わしくなる家の名を知らないのだと。
そして、優しい子なのだと。 

余所から来たのなら“ジュール”を知らなくても当然だが、
評議会関係者だと言い切っているのに、それに頼るのを由としない。

それに、何となく心が暖かくなって来る。
彼女への想いとは別に、一人の人間として、この子を本当に守ってやりたいと思う。
だから。



「だがここにいると言うことは、市民になるのだろう?」



そう、言う。
守らせて欲しい…と。
義務ではなく、権利として。
守らせて欲しいと、そう思う。
それが通じたのか。



「えと、あの、手続きって…ドコで……」



漸く、躊躇いがちに聞いてくる。



「ああ、それならこっちだ」



目的語も何もないが、元々そうだろうと当たりをつけていたので、聞きたいことは分かった。
ので、さっさと案内すべく、エスコートしようとしたのだが。



「え? あの、場所さえ教えていただければ…」   



そこまでは甘えられないと遠慮する。
場所さえ教えてもらえれば、自分で行くと。


だが、このぽやんとした少女では、もしや道に迷うかもしれないと思った…とは言えない。
ので、無言実行。

さっさと手を引っ張って、目的の場所へと歩き始める。



「気にするなと言っただろう」



ついでに、一言つけて。



「…ありがとう」



それに、言っても無駄だと悟ったのか、甘えようと思ったのか…多分、前者だろうか?
何も言わず、ただ少女は一言礼を言った。
その小さな言葉に、心が温かくなったのは事実。
それをもたらしてくれた少女の手を引き、取り敢えず移民局の受付の所に連れていった。


そしてこの後どうするかを教えて、別れた。

本当ならば、そのまま居てやりたかったのだが、本来の目的(母の迎え)の時間が迫っている。
ので、後は自分でしてもらうこととして、



「そういえば、お前の名は?」

「あ、キラ…キラ=ヤマトって言います。 今日は、本当にありがとうございました」



そういえば名を聞いていなかったとその名を聞いて、その場を後にした。
もう会うこともなかろうと。


そう。
そこで終わっていれば、小さな、でも心に残る一つのエピソードとして、
キラとの一時はイザークの中に綺麗な思い出として残っただろう。

だが。
運命は、ドコまでもイザークに対して容赦がなかったりする。


その場を後にして、当初の目的通り母エザリアを迎え、帰宅後に話しがあることを伝えて。

共に帰宅の途に着こうとした、その時。



「ジュール議員!」



奥の方から、誰かがエザリアの名を呼んでいるのが聞こえた。
それは、何度か名前を呼びながら、こちらに近づいてくる。


彼女がこの日、この場所、この時間ここにいるというのは、実は調べようと思えば、調べられる。
評議会議員のスケジュールは、ある程度重要性のない者に関しては、オープンになっているので。
今回のエザリアの目的は、新しいプラントの視察。
秘密にするほどのものでもなく、調べようと思えば、誰にでもとは言わないが分かる。

それでもこの声に警戒を抱かなかったのは、そこに殺気や不穏な空気が感じられなかったから。
幼い頃より危険に晒されることが数多くあったため、それなりの護身術などは叩き込まれている。

ましてや、周囲には彼女を守るSPがいて。
その彼らが特にリアクションを起こさないのだ。
危害を加えようとする者の声ではない。


だが、その声音には、何となく焦りのようなモノがあって。
それが、なーんとなくイヤな予感をもたせるのだが。



「何事ですか?」



イヤな予感を振り払い、聞いてみれば、どうやら移民関係の事らしい。
確かに、エザリアは移民関係もその仕事としている。
何事かが起こり、責任者である彼女がここに居合わせたのを幸いに、それを助けて欲しいと言うことらしい。



「本当に、申し訳ありません」



本当なら、それなりの部署へ連絡して、その指示を仰がなくてはならないのだが、
それをしていると途轍もなく時間がかかるという。



「それ程に複雑なのか?」



それならば、疲れている母を行かせるのは…とイザークは思い、口を挟む。
カレッジに通う学生とはいえ、将来を見据えて、時折イザークも秘書という立場で母の仕事を手伝うことがある。
それをこの目の前の相手も知っているのか、若輩である筈のイザークが受け答えをするのにも、丁寧に答える。



「いえ、複雑というか…、簡単と言えば簡単なのですが」



だが、その口調は、何となく歯切れが悪い。
まあ、それも行けば分かるだろうとついて行ってみれ…ば…。



「………キラ?」 



先ほど別れたばかりの、少女がいた。
だが、これは一体どういう事だ?
そう言いたくなる程の光景(というか、強制的にそこに参加させられたというか…)があったのだから。
すなわち。



「ふ、ふぇ…イザ…ク…さ……」



いきなり(曲がりなりにも知っている人間が現れたことで、縋ろうとしたのか)抱きつかれ。



「う、嘘じゃないもん。 アス呼んでって言っただけだもん。 迎えに来てくれるって言ってくれたもん!」 



ついでに訳の分からないことを、一方的に喋られて。
ふぇぇぇぇん。
大量の涙と共に盛大に泣かれてしまっては、一体どうすればいいと言うのか。



「イザーク」



その様に、エザリアの眉が少々つり上がる。
これは、どういう事なの?
この子は、貴方の知り合い?
母の視線が、痛いほどに問いかけてくる。
だが。



「先ほど、移民局の場所を教えただけです」



イザークとしても、困ってしまう。
本当にそれしか知らないのだから。



「そうですか。 で? 私を呼んだ理由は?」



息子の言葉にそれが真実であると見抜いた女傑は、守るべき存在であるか弱き少女を泣かせた原因を探るべく、
自分を呼びに来た者へと氷の視線を向けた。

か弱き者を…守るべき者を泣かしたのは、何者ですか?

そんな言葉が聞こえたわけではないだろうが、視線の冷たさに震え上がりながらも、
係官は自分の職務に忠実だった。



「いえあの、この子は、移民の手続きに来たのですが、身元保証人に、あり得ない人物を言いまして…」

「身元保証人?」



それは、新たにプラントへ移民する者の中に、
地球のスパイなどが紛れ込まないようにするための措置。
既にプラントに住んでいる者(つまりは身元の確かである者)に保証人になってもらうことで
その本人の身元をも保証する制度。
ならば、その相手を呼ぶなり、IDを確認して連絡を取るなりすれば、事は済む。

なのに、それをしないということは?
自分を呼んだと言うことは?
目の前の泣きじゃくる少女は、どう見ても一般人。

となれば、その保証人というのは、係官が尻込みする程度には、
ついでに自分まで引っ張り出そうとするほどの名の知れた者ということ。
なれば、



「…どなた、なの?」



兎も角も、その相手とやらを確定しなくてはならない。
そうしなければ、泣く少女の涙を止めることは、できないと…彼女はそう考えて問うた。



「はあ、それが…」

「早く言わんか」



イザークもまた、言い淀む係官を促す。
それが、未来を決定づける大きな一言であるとも知ることなく。



「あ…はい。 その人物とは…アスラン=ザラ氏です」



そして、固まった。
間抜けな声を出さなかったのは、偏に日頃の外面の良さを鍛えた賜であろうか?
そしてそんな態度の影で考えていたのは…。

アスラン…とは、やはりあのアスランだろうか?
思わずそんなことをぐるぐると考えてしまうのは、あのアスランと、
自分に抱きついているキラとが(決してキラに対して悪くはないイメージで)そぐわない所為。
だが、キラが嘘をつくとは思えない。
それ位は、あの短い間でも分かる。
ならば。



「キラ」



本人に聞けばいい。



「アスランとは、アスラン=ザラ…パトリック=ザラの息子のことか?」



優しく、決して責めないように。
それが伝わったのか、未だ涙は止まらないが、



「…うん」



弱々しいながらも肯定が返る。



「どういう関係か、聞いてもイイか?」



それを受けて、更に質問。



「……お、幼馴染み…で、」



一瞬、間が開いたのが少々気になるが…、それに一応納得する。

アスランは数ヶ月前にプラントに戻るまで、どこぞに留学していたらしいと言うのは、有名だ。
ならば、そこで出会ったのだろうと。

だが。



「お…」

「お?」



続いて発された言葉に、イザークも…いや、全員が固まった。
すなわち、



「…お嫁さんに、してくれるって…」



との、言葉に。
……………
暫しの沈黙が、その場を支配する。
で、皆の頭の中をある言葉がぐるぐると回っていた。
嫁? 嫁って、あの嫁ですか?
ってか、この子いくつだー?
で、固まっていたわけだが…。
流石と言おうか何と言おうか。
あまりのことにー流石の彼でもー暫し固まったが、それでも根性で復活して、
最も最短で事態を打開する道を取った。
つまり。



「通信を繋げろ」



で、あった。
確かに、ここで真偽を云々言うより、本人に問うた方が早い。
それまでそれをしなかったのは、相手が相手であったからで。

だが、今は事が事だし、責任者代理の許可も出た。
ので、



「分かりました」



繋げたのだが。

イザークは、ここでも後悔した。
知り得なかったこととはいえ、抱き込んでいたキラを、離しておかなかったことを。

そして、再び場は固まった。



「キ…ラ…?」



通信が繋がり、本人が出ての一言目が、これだったのだから。

いや、本人確認のための通信なのだから、これで確認完了と喜んでもいいのだが。
位置的に後ろにいたキラの姿は、見えないはずなのだ。

なのに、どうやって見たんだ?
そう言いたくなるのも、仕方がないだろう。

ついでに。



「今から行くから」



それだけ言って通信を切ってくださったものだから、こちらからは何も言えなくて。

行くと言ったからには来るだろうアスランを、ただ待つしかなかった。




嵐の到着まで、あと少し。


















2006/10/17