「貴方に、触れたいの。 ・・・ギュッて、貴方に抱き締められたいの・・・・・・」



多くて週に2回。
それが、いつの日かほとんど毎日・・・同じ“夢”を見るようになった。
貴方の姿が見えない頃は、一目でいいから貴方の姿を見たかった。


けれど、一度貴方の姿を見ると私の中にあった欲求がどんどん大きくなるのを・・・止められなかった。
貴方の、逞しい腕にきつく抱き締められたい。
貴方の気配だけで、こんなに安心できるのだから・・・・・・。





―――― きっと貴方の腕の中は私にとって一番安心できる場所なのだと、確信できるから・・・・・・。








光と闇のレジェンド・外伝
         ― 夢想花 ―








季節は巡り、高等部へ入学を果たして二度目の春。
学院に植えられている桜が一斉に咲き乱れ、新たな生徒を歓迎する季節である。





キラの見る不思議な夢は、
相変わらず少年の姿は見れるもののその声と触れ合うことは、未だ出来なかった・・・・。







そんな夢の繰り返しに、次第にキラの表情は落胆と憂鬱の色が濃くなりつつあった・・・・。



「・・・・朝・・・・?」



一日の始まりを告げる朝日が昇り、人々の目覚めを促す光がカーテンの隙間から漏れ、
優しく起こすようにキラの顔を照らす。
その日差しに瞼を揺らしたキラは、ゆっくりと隠れていたアメジストの瞳を覗かせ、
ボーっとした様子で先ほどまで見ていた夢を思い出しては切なそうにその整った顔を歪ませた。



暫くそのまま停止していたキラだが、学院で行われる恒例行事を思い出し、
急いで身支度を整えると【牡丹の間】へ向かった。






彼女の通う『白百合聖母学院』は小・中・高・大とエスカレーターである。


共学ではあるが校舎が男子部と女子部に別れており、
そのため生徒たちの感覚では共学という意識はあまりなかった。



神を信仰しているこの学院は、毎朝礼拝堂にてミサが行われ、女子部の高等部では、
新2年・3年生の全生徒の中からたった3人の礼拝堂のステンドグラスに画かれている3人の聖女たちの名を、
称号としてシスター長から授与されるのであった。
選ばれし者は当日まで誰か知られることなく、全生徒の前でシスター長直々に名を呼ばれるのだ。


尤も、その名を授与するのは3人だがその年に3人の名が決まるのは極稀である。
その名を授与した者は、高等部を卒業するまでその名を有することとなるためだった。



前回、3人の聖女の名を授与した者は先月に卒業した者に2名おり、1人は新3年生であった。
そのため、今回決まるのは空白となった2人の聖女の名である。


その名を授与する者はとても名誉なことであり、生徒たちの目標であり憧れでもあった。
名を授与した証として、銀の十字架・・・『蒼いクルス』をシスター長より贈られる。
その十字架には魔を滅すると言われる聖気が込められており、肌身離さず持つことが義務となる。
『蒼いクルス』の中央には、それぞれの聖女を包む色に因んだ宝石が埋め込まれている。





授業が始まる前に恒例のミサと聖女たちの名を授与する式典の為、
生徒たちは高等部校舎に向かわず、学院の中央にある礼拝堂に入っていった。
もちろんその中にはキラの姿もあり、彼女の隣には代々彼女の家系に仕え、
分家でもあるハウ家の長女とアルスター家の長女もまた彼女と同じ学院に通っていた。
ハウ家の長女・・・ミリアリア=ハウはキラと同学年であり、
アルスター家の長女・・・フレイ=アルスターは1学年下であった。



「今日、恒例の聖女様の名前の継承式ね。 ・・・一体、誰なのかしら?」

「・・・私は新入生だからまだ早い話よ、ミリィ。 選ばれるのは、上学年だもの。
キラたちが選ばれたら、私も嬉しいな」

「継承する人は、シスターたちしか知らないはずだよ。 どんな基準で選ばれるのかな?」

「確か・・・・人望や人気とかがある人だって噂で聞いたけど・・・?」



ミリアリアは嬉しそうに隣を歩くキラたちに話しかけ、キラは左右で話す2人に苦笑いを浮かべていた。
当日までシークレットとされている継承者に対し、どのような基準なのかが気になるキラたちだが、
その事については学院側は今まで知らせることがなかった。
そのため、その真意を知る者は学生の中で1人もいない。





そんな話をしながら彼女たちは礼拝堂に入り、
前方に飾られているステンドグラスとその前にあるマリア様像を見つめ、空いている席にその腰を降ろした。



継承式の前に毎週行われているミサが先に進行し、前方の中央には神父の姿があった。
静かに神父の言葉を聞いていた生徒たちの中で、
小声だが私語をする者が2名ほどいたが何時もの事だと生徒たちはその存在を脳裏から消し去っている。


2人の中でも多少のお金持ちである子女の声は一緒に話している者よりも大きく、
その事に生徒たちは眉を顰めていた。

中流の下に当たるほどの資産しかない一族だが、
本人たちはそのことを認めておらず、何かにつけ高飛車であった。
それはその一族の後継者であり、キラと同学年である者も同じで、
上学年に対しても敬語を使用せず、常に命令口調である。


そんな性格故に、生徒たちからはもちろん保護者たちからも陰では嫌われていた。
中流の下であっても資産家である為、表立っては出来ないが。





私語をする2人を無視したままミサが終了し、生徒たちが気になる継承式が始まった。


まずは、去年ローレライの名を継承した新3年生が中央に神々しく佇むマリア様像に向かい、
去年の継承式で見せた動作を再び見せ、マリア様像の前に跪いた。



残るは、空席となっている2つの称号となる。
緊張の空気が礼拝堂全体浸透している中、
先ほどミサで私語をしていた者たちはどこか自信に満ちた表情をしていた。


もちろん、そんな姿はごく一部の者たちにしか見られておらず、
生徒の名を呼ぶシスター長は彼女たちの姿すら見ていなかった。



「今から、空席となったお2人の聖女様の継承者を呼びます。
呼ばれた方は、速やかに前へおいでなさい。 シスター長、お願いいたします」

「新2年生、キラ=ヤマト。 同じく新2年生、ミリアリア=ハウ」



シスター長に呼ばれた2人は呆然とした表情を見せたが、
2人の隣にいたフレイは嬉しそうな表情を見せ、心からの祝福を贈った。
もちろん、それはキラたちの傍に座っていたほかの生徒たちも同じであり、
小さい拍手は直ぐに大きい拍手に変わった。



拍手に後押しされるようにキラとミリィは前に出ると、
2人を待っていたシスターは緊張した面持ちの2人にニッコリと安心させるような慈愛に満ちた笑みを見せており、
そんなシスター長の微笑みに緊張が少しずつ和らぐのを2人は感じていた。



「新たな聖女様の名を継承するお2人。 キラ=ヤマトは中央におられるリオン様の名を。
ミリアリア=ハウは右におられるルセリナ様の名を。
ここに、再び揃ったお3方の継承者と宣言する!」



シスターの言葉を聞いていた2人は、自然とマリア様像の前に行くと跪き、
祈る時と同じく両手を胸の辺りで握った。
握られた両手は、そのまま額に当てた。




去年継承した生徒は、去年の継承式に授与された『蒼いクルス』を既に首に掛けており、
シスター長はミリアリアの前に立った。



「ミリアリア=ハウ。 貴女にルセリナ様の名を継承します。
この名に恥じないよう、今まで以上の努力をなさってください」



シスター長は顔を上げたミリアリアに手にしていた『蒼いクルス』を彼女の首に掛け、ニッコリと微笑んだ。



その言葉と微笑を見たミリアリアは小さく頷きで返し、再び先ほどまでの祈りの体勢に戻った。




それを見届けたシスター長は続いて、中央にいるキラの前に立った。



「キラ=ヤマト。 貴女にリオン様の名を継承します。
この名に恥じないよう、今まで以上の努力をなさってください」



ミリアリアと同じく顔を上げたキラに慈愛に満ちた微笑を見せたシスター長に、
キラもまた小さく頷きを返した。



そんなキラの首に、他の2人と同じ『蒼いクルス』を掛けるとキラから離れたシスター長は、
先ほどまでいた位置に戻った。



「聖女様の名を戴く彼女たちに、神のご加護がありますように」



シスター長は胸元で十字を切りながらそう宣言すると、両手を胸元に持ってきて握り締めた・・・・・。






そんな2人の様子を離れた場所から見ていた生徒たちの中に、
憎しみの炎を瞳に宿した者がいたが、
その事に付いて今年誕生した2人の聖女の名を冠する彼女たちへの尊敬親愛の眼差しを送っていたため、
誰も気付かなかった・・・・。




(何故だ!? 何故、あの女が選ばれる!? 私にこそ、相応しい称号だろう!!
あの女の家は、我がアスハ家から本家を奪った者たちの末裔。 本来、あの場に立つのは私のはずだ!)




その生徒は嫉妬と憎悪などの負の感情で歪められた醜い顔のまま、
歓声に湧く礼拝堂から退室許可も出されないうちにその姿を消した・・・・・。






その生徒の姿が見かけないと、生徒及びシスターたちが気付いたのはそれから暫くしての事。


朝礼であったミサと聖女の名を授与式を終え、全生徒が振り分けられたクラスに向かった後の事であった。



「・・・・アスハさん。 カガリ=ユラ=アスハさん? 彼女はまた、無断欠席ですか?」

「・・・シスター。 今朝のミサと授与式には彼女の姿、ありました。
・・・終わった頃にはもう、姿が見えませんでしたけど・・・・」



シスターの声に消えた生徒のクラスメートは嫌悪感を浮かべながらも、学院の敷地内にいることを告げた。
その生徒の言葉を聞いたシスターは、溜息を吐きながらも生徒の言葉に頷きを返した。



「シスター! シスターマーナ!!」



そんな中、生徒の出席簿を持っていたシスターの名を呼ぶ別のシスターの姿があった。



「そんなに慌てて、どうなさいましたか? シスターマリーン」

「大変です、シスターマーナ。 今すぐ、“菖蒲園”へ向かって下さい!!
このクラスの生徒であるアスハさんが、学院の聖域である“菖蒲園”で破壊活動を行っていると、
報告がありましたッ!」



シスターマリーンと呼ばれたシスターは、蒼白した表情でシスターマーナに告げた。




“菖蒲園”とは、聖母学院の聖域の一つとして長年学院側に管理された。
その名の通り、菖蒲のみ咲く庭園である。


その中に入ることが許されるのは、シスター長から直々に選ばれた聖女の名を冠する者たちのみ。
その3人と管理を任されているシスター以外は立ち入ってはならないと規則にもなっていた。
菖蒲は聖母学院に通う生徒・・・特に女子部にとって、憧れの地であり、《聖域》と呼ばれていた。



聖女3人の中央に位置する『リオン』が菖蒲を持ち、
その左に位置する『ローレライ』が薔薇を持ち、
右に位置する『ルセリナ』が白百合を持っている。



その姿は礼拝堂にある大きなステンドグラスにも描かれており、この3種の花を“聖花”と呼んでいた。


そのことから礼拝堂を中心に、
礼拝堂のある区域の北区に“菖蒲園”、西区に“薔薇園”、東区に“白百合園”が設備されていた。




シスターマーナは騒然とするクラスに自習をしておくようにと伝えると、
すぐさまシスターマリーンの後を追った。
その頃、『リオン』と『ルセリナ』の名を与えられたキラとミリアリアは、
授業を受けていた教室に現れたシスターに驚きを隠せないまま、案内されるまま東区域へ向かった。



「キラ・・・この先に行くと“菖蒲園”に着くわよ」

「“菖蒲園”!? ・・・学院の《聖域》の1つだよ?
・・・シスターアサギの様子がおかしい・・・。 何かあったのかな」

「“菖蒲園”はリオン様の“聖花”の咲く庭園。 ・・・・嫌な予感がするわ」



シスターアサギの後を追うキラたちは、
自分たちの向かっている先に《聖域》の1つである“菖蒲園”であることに気付き、
その事に驚きを隠せないキラと“菖蒲園”に近づく度に感じる予感に対し、
不安の様子を隠しきれないミリアリアは走りながらもその予感が外れていることを祈った。



「・・・貴女方は《聖域》にはいることの出来る権限を持っています。
・・・この先、大きなショックとなって貴女方に降りかかりますが・・・気高き心と強き精神をお持ちなさい」



彼女たちを連れてきたシスターの声はどこか強張っており、
その様子に不安そうな表情を見せつつシスターを安心させるようにキラたちは微笑を浮かべた。
そんなキラたちの気遣いに、弱々しい微笑を見せたシスターは、2人を“菖蒲園”内に入るよう促した。





“菖蒲園”に足を踏み入れた彼女たちが見たものは、
美しい菖蒲が無残にも踏み荒らされたものであった。
しかし、踏み荒らされたと言ってもごく一部だったのが、不幸中の幸いだろう。
だが、学院の《聖域》であり生徒たちの憧れの地である園を荒らされたことには変わりない。




そんな様子の“菖蒲園”に、菖蒲を“聖花”とするリオンの名を継承しているキラは
ショックのあまり呆然と硬直していた。



「・・・・酷い。 キラ? ・・・大丈夫?」

「アスハさん! 何故、このような酷い事をなさったのです!
ここが何処だか貴女は知らないというのですか!?
この地は、学院の《聖域》と呼ばれる場所の一つですよ!
シスター長が認めた方以外、立ち入ることは許されませんッ!」



キラと同じように呆然としていたミリアリアは、隣で硬直して僅かに震えているキラに視線を戻し、
心配そうに表情を失っているキラの顔を覗いた。


そんなミリアリアの声を遮るように無残にも踏み荒らされている菖蒲の近くに立ち、
シスターマリーンとシスターマユラに取り押さえられているカガリに、
目の前に立ったシスターマーナが珍しく激怒していた。



彼女は普段温厚な性格で、生徒たちからも信頼され、慕われている。
そんなシスターマーナも生徒たちを信じ、実の娘たちのように多くの愛情を注いでいる。


そんなシスターマーナの今まで見たことのないほどの怒りに、驚きを隠せないミリアリアであったが、
この事態を引き起こした張本人がカガリであることに強い不快感が全身を覆った。



「なぜ、あいつが選ばれる!? 私こそ、聖女の名に相応しいじゃないか。
私は選ばれた存在なんだ。 選ばれた存在である私にこそ、選ばれないと可笑しいじゃないか。
だからこそ、愚かな授与式を執り行った学院側にこうして抗議しているんだ。
学院側は、私を退学に出来ないからな?
アスハの恩恵を受けている学院側が、その後継者である私を退学にすることは出来ない」

「・・・・選ばれた存在? 何を言っているのかしら。
自分勝手で、自分の都合のいいようにしか解釈しないアスハさんが選ばれた存在のはずがないわ。
学院側の選出に不満があるからって、学院の《聖域》の一つをこんな風にする権利はないわ。
なにより、ここに咲く“聖花”たちは何の罪はないもの」



カガリの理不尽であり、身勝手な自己主張に対し、
カタカタと未だ震えるキラを護るように優しく抱き締めていたミリアリアは、
カガリを自身の視線に入れるのも嫌がるように不愉快そうな表情でポツリと反論した。



「・・・カガリ=ユラ=アスハさん。 貴女の言い分は分かりました。
ですが、このような事態を起こした張本人として私たちは見過ごすわけには行きません。
規則は規則です。 きちんと守ってもらわなくてはならないモノです。
貴女には、後日処罰が下るでしょう。 私たちと一緒に来ていただきます」

「私は選ばれた存在だ。 お前に負けるはずがない。
我ら一族はお前たちを決して許しはしない」



シスターマリーンとシスターマユラに挟まれるように連れて行かれるカガリは、
入り口でミリアリアに抱き締められたまま未だ呆然とするキラに対し、
すれ違いざまに強い憎悪の視線を込めてキラに放った。


その言葉を聞いたキラは、弾かれるように振り向き、カガリの視線に傷ついた表情を見せた。
そんなキラに満足したのか、カガリは両腕を掴まれて不愉快そうに顔を醜く歪めつつ高等部の校舎に連れて行かれた・・・・・。





カガリの言葉にショックを隠せないキラだが、
無残にも踏み荒らされた花たちに視線を戻したキラは、心痛の面持ちで荒らされた花たちを優しく包み込んだ。



「・・・・花たちには何の罪もないのに・・・・・。 何故、こんな酷い事をするのかな・・・・?」



キラは優しく包み込んだ花たちを痛々しそうに見つめながら撫でた。




そんなキラが撫でる花たちを突如出現した淡い白の光が包み込み、
僅かだがキラとキラの様子を静かに見守っていたミリアリアはその眩しさのあまりに花たちから視線を逸らした。

白い光が消え、穏やかな空気が庭園を包み込む中、瞳を眩しい光から隠していたキラたちは静かに瞼を開いた。
キラの触れていた花の一部が、他のとは違う・・・荒らされていない花たちのように美しく咲き誇っていた・・・・。



「・・・・この花たち、さっきまで他の花たちと同じように折られていたわよね・・・?」

「・・・・うん。 どう・・・して?」



呆然と、再生された一部の花たちを見つめていた・・・・・。


















2007/08/08