「ずっと・・・・貴方といたい。 ずっと・・・一緒に・・・・・・」



あの頃・・・・、まだ貴方に夢の中でしか会えなかった頃。
始めのうちは、ただの夢だと思っていた。
貴方に会えるのは、夢の中だけだから・・・・・。



けれど、時が経つにつれて貴方の姿を見た時、貴方に触れたいと思った。





―――― あの時から、私の宿星は静かに回り始めていた・・・・・。








光と闇のレジェンド・外伝
         ― 夢想花 ―








薄暑のこの季節、壮大な土地に建つお屋敷に五月に咲く花々が所狭しと庭で咲き誇っている中で、パーティが行われていた。


このパーティの主役は、主催者であり、この屋敷の当主でもあるハルマ=ヤマトの娘。
美しい鳶色の髪と綺麗な菖蒲の瞳を持つ少女であった。



「キラ? どうしたの?」

「・・・母様。 少し、疲れただけです」



中央で微笑んでいた娘に、心配そうな表情を見せながら近づいてきたのは少女の母であり、
このパーティの主催を勤める夫人でもあるカリダ=ヤマトだった。



「今日は頑張っていたからね。 キラ、此処は俺に任せて先に部屋に戻りなさい」

「はい、兄様」

「キラ、さっきも言ったけど・・・お誕生日、おめでとう。 君が生まれてきてくれて、本当に嬉しいよ」

「ありがとう、兄様。 さっき貰ったプレゼント、大切にするねv」



少女は自分の頭を撫でる兄にニッコリと微笑を見せると嬉しそうに抱きついた。
そんな2人の様子をカリダは微笑ましそうに見ると、少女専属のメイドを呼んだ。



「それでは、お休みなさい。 母様、兄様」

「お休みなさい、キラ。 よい夢を」



2人に一礼をすると優雅にパーティ会場から退室した。
その姿を見ていた来賓及び招待客たちはキラの姿にうっとりとする者たちがいたが、
下心のある者たちは少女の兄であるカナード=ヤマトの一睨みによって撃退されていた。







「それではキラ様、お休みなさいませ」

「お休みなさい。 アイリーン」



少女・・・・キラ=ヤマトは自分の身の回りの世話を幼い頃から続け、
この屋敷のメイド長も勤めているアイリーン=カナーバに微笑を見せると自室へと戻った。





『我ら光の加護を受けし魂を持つ少女よ』

「・・・誰? ・・・・誰か、僕を呼んだの?」



自室で明日の準備を整えていたキラは誰かに呼ばれたような感じて周りを見渡したが、
この部屋にいるのは主であるキラのみであった。
空耳だと思ったキラは首を傾げながらもそのまま布団に入り、すぐさま深い眠りへと誘われていった・・・・。







目の前に広がる大きな扉の前にキラは立っていた。
キラは躊躇いもなくその扉を開き、中に入っていった。
その扉が完全に閉じる頃、扉はその姿を隠し、何かに覆われたような場所に、キラ1人だけ残された・・・。



「・・・? 此処は・・・何処?」



目の前はただ、白い霧のようなもので覆い隠され、自分の姿しかまともに見れない視界の中キラはゆっくりと歩き始めた。
霧によって隠されているため確認することが出来ないが、この場所は広いところなんだと、
キラは本能的に悟り、不安に思いながらも歩き続けた。



「・・・? 人の・・・気配? この場所に、僕以外にも誰かいるの?」



時間の感覚がまったくないため、どれほど歩いたのかわからないキラだったが、
不意に感じた自分以外の気配にどこか安心感を感じながら何処からなのかを探った。



キラは幼い頃から古武術を護身術のように習っていたために、人の気配を探ることや感じることが長けていた。
しかし、辺りを探っても視界に見えるのは霧に包まれており、真っ白なものしか見えなかった。
それでも、キラは不思議と不安な気持ちにはならず、ひたすら何かを求めるかのように自分以外の気配を探った。





『汝、己の願いを見つけよ。 我ら、汝の力となろう・・・・』





気配を探っていたキラに対し、何か語りかえるような『声』が響いたが、
キラはその『声』に気付くことなく菖蒲色の瞳を覆い隠した。



「・・・・姿が見えないのは・・・寂しい。
けれど、瞳を閉じればなんだか抱き締められているようなそんな感じがする・・・・・。
貴方は・・・・誰なの?」



キラは心が締め付けられそうな感覚に襲われたが、
瞳を閉じたことによって、より強く感じることとなった気配に絶対的安心感を寄せていた・・・・・。







漆黒の闇から光が差し込み、カーテンから光が差し込んでまだあどけない少女の顔を照らした。
その光の気配によって起きたキラはまだ眠いのかどこかぼんやりとした頭を何とか起こすと身支度を済ませ、
両親と兄のいる食堂・・・一族の間では【牡丹の間】と呼ばれている場所へ向かった。
【牡丹の間】では既に兄たちが揃っており、キラに向かって優しい笑みを向けた。



「おはよう、キラ。 昨日はよく眠れたかい?」

「おはようございます、父様。
・・・昨日、途中で退席してしまって申し訳ございませんでした」

「いいや。 キラは人ごみが苦手だということをすっかり失念していたからね・・・・。
私こそ、すまなかったね」

「いいえ、父様。 本当に楽しかったです」



ハルマが苦笑いを浮かべたことに対し、キラはハルマが悪いのではないと必至になって答えた。



「父上、その辺でいいのではございませんか。 キラ、学院に遅れるぞ?」

「はい、兄様」

「さぁ、早く食べてしまいましょう?」

「「「「いただきます」」」」



カリダの声に、ハルマは頷きキラたちは押さないときからの習慣のように手を合わせて声をそろえた。
お客様などがいる席では話を一切せずに食べることが決まっているが、
このような家族だけの場合、会話をすることを当主であるハルマは許可しており、
堅苦しい雰囲気を出さずに朝食が開始された。



「そういえば・・・漸く、仕事が一段落ついてね。 休暇が取れそうだよ。
その休暇の日は、スィンにある別荘にいこうか」

「父上、車の運転は俺がしますよ。 父上は、後部座席でお休みになられていてください」

「ありがとう、カナード。 その時はお前に頼むとしよう」



ハルマはカナードの言葉を嬉しく思いながら口元を綻ばせ、頷いた。



「ご馳走様でした」

「キラ、もういいの?」

「はい、母様」

「ご馳走様でした、母上」



キラは少食であまり食べることがないが、自分に出された分はしっかりと食べる。
そんなキラを見ていたカナードもまた、食後の挨拶を言うと柱に設置されている時計に目をやった。



「カナード様、キラ様。 お車のご用意が出来ました」

「母様、父様。 いってまいります」

「いってらっしゃい、気をつけてね」

「いってきます。 父上、母上」

「あぁ、気をつけていっておいで」



両親に挨拶を済ませると玄関前に止まっている車に乗り込んだ。




(・・・・あの夢・・・・なんだったんだろう?)




キラはぼんやりと車の窓から外の風景を見ながら今朝胸の辺りが切なくなったことを思い出していた・・・・・。





それから数ヶ月間、週に3回ほど同じ夢を見るようになった。
それらは全て霧に包まれて周りは見えず、ただ自分自身以外の気配を感じるだけであった。



「・・・貴方は・・・・誰なの? ・・・・この霧が晴れれば貴方に・・・・逢えるのかな?」



キラはポツリと切なさそうに呟くと両手で胸の辺りを握り締めた。





『我ら光の加護を受けし、魂を持つ少女よ。 我ら、汝の想い・・・・聞き届けたり』





キラはポツリと切なさそうに呟くと両手で胸の辺りを握り締めた。

そんなキラを慰めるように、それまで一筋の光も差なかった空間に突如、天空から光が漏れてきた。


その光はキラのいる霧に包まれた空間を取り払うかのように一筋の光から空間全体を包み込んだ。


まぶしすぎる光が再び姿を隠した時、キラの目の前には1人の少年の域をまだ超えてはいない少年が1人立っていた。




突如現れた少年に、キラは驚きを隠せなかったがその少年が身に纏う気配に、
キラは今まで姿の見えなかった人物だと理解した。
そのことを理解したキラは本人でも解らないほど無意識に相手に微笑んでおり、
相手はどこか驚いたような表情をしたがすぐ、キラに向かって優しそうな笑みを浮かべた。





それから、幾度となく彼女たちは夢の中で誰にも知られることなく会っていた。
回数を重ねるごとにキラは自分の中で何か変化したことに気づき、
今までは眼が覚めてしまった時に少しだけ夢の中の記憶が残るだけだったのが、
相手の姿を見ることのできた次の時から此処での記憶を全て覚えているようになった。



そのため、夢から覚めたキラは静かに涙を流すことが多く、なぜ自分が泣いているのかを始めのうちは理解できなかったが
旨を締め付けられるほどの切なさによって、その意味を痛感した。




(あの人に・・・・触れたい)




その想いはキラの中で強く芽生えるばかりで何度となく、目の前にいる人物に手を伸ばした。
しかし、触れるか触れないかでキラの伸ばされた手は相手に触れることなく下ろされた。
そんなことが数回繰り返された頃、
今まで動くことのなかった少年は何かに惹かれたかのように恐る恐るとキラの白い頬に触れようとした。






――― パシッ!






少年がキラの頬に触れる瞬間、静電気が流れたような音が2人の間に響き渡った・・・・・・。




(・・・・なに・・・? 今の・・・・。 貴方に、触れることも出来ないの・・・・・?)




キラは少年の動きに呆然と立ち竦み、無意識のうちにポロポロと涙を流した。
そんなキラに驚いたのは目の前にいた少年で、
自分の掌を見ていた少年はキラが泣いていることに気づいたのかギョッとした表情を見せた。
キラの瞳に溜まった涙をふき取ろうと再び腕を伸ばしたが、
その腕はキラに触れることなく元の位置に戻された・・・・・・。




涙に濡れていたキラは気付いていなかった。
腕を下ろした少年が心の痛みに耐えるような表情をしていたということに・・・・・・。







それから数ヶ月、彼女たちの間に何の変化もなく、ただ相手の姿が見えて、
優しく包む相手の気配に身をゆだねるだけの日々が続いた・・・・・・。


















2006/10/24