「僕ね、その人に会いたいの。 傍にずっといたいの・・・。 でも、夢の中でしか会えないから・・・」



夢の中で会える貴方。
僕が泣きそうな時や悲しい時、力強く抱き締めてくれる貴方の腕・・・・。
貴方の腕の中は、僕にとって一番安心できる大切な場所・・・・。
そんな貴方を、僕は守りたいの。
ずっと・・・・傍にいたいの・・・・・・・・・・。





時々、悲しそうな表情を見せる貴方を、私は・・・・守りたいと思うの。








光と闇のレジェンド
         ― 日常の崩壊 ―








学院からすぐさま彼らの家である屋敷へと戻った。
キラたちの住む場所は、コペルニクスでも数本の指に入るほどの大きな屋敷で、
本家であるヤマト家以外にも彼らの側近が代々の家系であるアルスター家とハウ家もまた、
同じ敷地内に屋敷を持っていた。
ガレージに車を止めるとそのまま屋敷に入り、
休日だったらしく【桜の間】・・・大広間で寛いでいた彼らの父であり、
ヤマト一族の当主であるハルマ=ヤマトにカナードが声を掛けた。



「只今戻りました、父上。
・・・戻って直ぐにこういうことを父上にお願いするのは悪いと思うのですが、
我ら一族に代々伝わる家系図、ご拝見してもよろしいでしょうか?」

「お帰り。 カナード、キラ。プレアたちもお帰り。 家系図を? ・・・・いきなり、どうしたんだい」

「いえ・・・。 父上、アスハという家をご存知ですか? そこの家の者がキラと同じクラスらしく・・・」



書類を片付けていたハルマに言いにくそうに彼が保管している家系図を見たいと頼んだ。
彼ら一族に掟というものがあり、その中でも重要視されている項目が
一族の正当なる後継者として代々伝わる家系図の保持であった。
現代でそれを継承しているのは彼らの父であるハルマであるため、彼が正当なる後継者だということだ。



「なに? アスハが・・・? ・・・・・分かった。 それが理由ならば納得のいくまで見るといい。
次期後継者は、カナードなのだから、保管場所とそこへ行くためのパスワードは解っているね?」

「はい、父上。 ・・・ありがとうございます」



カナードはハルマからの許しを得るとそれぞれ持っていた荷物を近くの部屋に置くと、そのまま書斎へと向かった。
書斎には、ハルマが趣味で集めた専門書のほかに医学書などが部屋中に並べられ、
机の横には地球儀と天球儀が置かれている。
壁には数代前の当主が取り付けたと言われている鷹の剥製が飾られていた。



「兄様、場所知っているの?」

「あぁ。 以前、父上が教えてくださった。 確か・・・・此処だ」



キラはあまりこの書斎の奥に入ることがないため、首を傾げながら兄に尋ねた。
キラが借りる本は入り口付近のエリアのみだったからである。
キラの言葉に頷きながらも数年前に教えられた隠し扉を見つけると、一点を見つめてを何かを呟いた。



「****」



カナードが再び口を閉ざすとそれまでピクリとも動かなかった一部の本棚が移動され、細い通路が出来た。
その通路を進むと巻物が中央に置かれていた。



「・・・カナード様。 一族の宝とも言える物をあのように放置しておいてよろしいのですか?」

「心配は要らない。 アレには、特殊なものが施されている。 ・・・・もう、何代も前からね」

「特殊な・・・・もの?」



キラたちの目の前に置かれている巻物は、代々当主となる者が継承されている一族の大切なものである。



「そうだ。 これには、目には見えない結界がこの巻物の置かれている台に施されている。
これを解除できるのは、現当主である父上と次代当主である俺だけだ。
・・・・まぁ、後継者ではない者が触れた場合、こうなるが・・・・」



カナードは徐にハルマから与ってきた碁石を巻物の上に放り投げた。





―――― バシュ!!





中央付近に触れた瞬間、碁石は何もない空間で火花を散らした。
その様子を見ていたキラたちは呆然と立ちすくみ、兄の邪魔にならない程度に様子を見守った。



「カナード様、凄い仕掛けですね。 こんな仕掛けがあるなんて」

「あぁ。 何でもこの仕掛けを施してから間もない頃に早速一族の者で引っかかった者がいたらしい。
・・・その者はその場でソレが見つかり、一族から断絶されたと伝えられている」



プレアはしきりに施されている結界とからくりに関心を抱き、
プレアの反応に苦笑いを隠せないカナードはハルマから教えられた時に伝えられたことを話した。
カナードはキラに微笑みかけると左手を巻物に触れさせた。
カナードが台に近づいても先ほどの碁石のように火花が散ることなく、すんなりと触れさせてこちらへ移動させた。



「これが、我が一族に代々伝わる家系図だ」

「これが・・・・。 兄様? 何もかかれてはいないみたいだけど・・・・・」

「あぁ。 これ自体にも仕掛けが施されている。 ・・・一度、書斎に戻ろう」



カナードの言葉に全員が頷き、元来た道を戻って書斎へと戻った。



「カナード様。 これにも仕掛けがってどういうことですか・・・・?」

「一見、何もかかれてはいないように見えるが・・・・・こうすると」



フレイの言葉に微笑みながら片手を巻物の上に翳した。
カナードが翳した瞬間、それまで何も表示されていなかった巻物に、文字が浮き出てきた。
巻物自体に施された仕掛けとはこのことである。
仮にも当主の手元から盗まれた場合、当主又は正当なる当主以外が触れた場合、文字が映し出されないのだ。



「・・・・これでしょうか。 此処に×の印が施されておりますし・・・・・」



プレアは一箇所だけ×の印がつけられている部分を指し示した。



「流石ね。 ・・・この名前・・・・もしかして」

「どうしたの? ミリィ。・・・・あら」



ミリアリアは弟を褒め、優しく頭を撫でて弟の指した先に視線をやり、呆然とした。
その様子を見ていたフレイもまた、プレアの示したところを見ると数秒間の間、固まった。



「・・・『ホムラ=アスハ』? お姉ちゃま、『アスハ』って・・・・まさか」

「私もエルと同じことを考えていたわ。 ・・・・というか、これでしょうね」



妹の言葉に呆然としていたフレイはため息をつきながら頷き、学院で言われた言葉を思い出していた。



「・・・・正当な後継者とか言っていたけど・・・・これって一体・・・・?」

「ここで考えていても仕方がないよ。 ・・・・詳しいことは、父様に聞こう?」



フレイの言葉に辛そうな表情を見せたキラは、一度瞳を閉じて心を安定させたのかニッコリと安心させるように微笑んだ。



「そうだな。 ・・・・だが、これだけははっきりしたな。あの女の一家・・・いや、もう一族か。
その一族は元々はこちらの家系だったが、何らかの理由で断絶されたということだ」



カナードはいつもよりも若干温度の低い声を出したが、この場でそれを止める者はいなかった・・・・・。






家系図を再び隠し扉の奥に封印すると、【桜の間】にいるハルマの元へ急いだ。



「父上」

「確認は済んだかい?」

「はい。 ・・・・いくつかお聞きしたいことが」

「分かっている。 唯一×の印のある者のことだろう?」

「・・・・はい」



大広間に入るといつものように優しい笑みを浮かべたハルマの姿があった。
そんな父親の姿にカナードは少々遠慮がちに声を掛けた。
ハルマにはキラたちが何を尋ねたいのか分かっていたらしく、苦笑いを浮かべながら淡々と話し始めた。



「話は、今から100年ほど前からになる。 あの術を・・・家系図に結界を施したのはこの頃の時代だったと伝えられている。
当時はシャーマンなど巫女たちの活躍していた時期でもあったため、一族の中でもそういう者たちが現れたためと。
同じ時期、我ら一族に外からの血を交えようとした者が現れた。 その血を交えようとしたのが・・・・『ホムラ=アスハ』。
カナードたちも知っているだろう。 私たちは気質なのか代々権力とかにあまり興味がないのを。
ただ、直系の血を絶やさないために当主の座を受け継ぐのだと」

「そのようですね。 父上も祖父上も・・・叔父上も権力に興味がないみたいですから。 もちろん、俺にもありませんよ。
しかし、幼い頃から次期当主だと一族中から言われているからそのことを受け入れているだけです」



カナードは今は亡き先代である祖父やハルマの弟を思い出し、苦笑い浮かべた。



「そうだね。 私もカナードと同じだった。 ・・・先ほどの続きだ。 その『ホムラ=アスハ』とは、我ら一族の者ではない。
この時の当主の妹の夫だと伝えられている。 一族の中で結婚する者もいれば、自らが選んだ者と結婚する者もいる。
この時の妹もまた、自ら選んだ。 ・・・その男が、欲望の固まりだということも気付かずに。
伝承によると、この妹君は幼い頃から身体が弱く、子どもを作ることが出来ないとされていた。
兄君が当主となるため、血筋は途絶えることはない。 それでも不憫に思った父君は妹君の婚儀に大変喜んだとされている。
しかし、事件が起こった」

「・・・事件?」



父の話を黙って聞いていたキラはハルマの言葉に疑問を感じたのか首を横に傾げ、ポツリと呟いた。



「そうだ。 婚儀が行われた翌日にこの当主の証とされる家系図の保管されている隠し部屋に賊が入り込んだ。
今のように、当主しか教えられない場所ではなかったからね、昔は。 簡単なからくりになっている部屋だったらしい。
その部屋に入り、家系図に触れようとした瞬間、結界によって守られていた家系図はその賊を拒み、
様々な仕掛けが作動された。
結界に拒絶された賊は、そのまま仕掛けによって部屋から追い出され、
騒ぎを聞きつけた一族の者たちが集まった時には賊が部屋の前で気を失っているのを発見された」

「その賊とは・・・・まさか」

「そのまさかだ。 賊の名は『ホムラ=アスハ』。 やつは元々妹君を愛しているわけでもなく、
始めからの目的は一族の当主の座。
兄君がいるために当主の夫となれないことに気付いたこの者は、自ら当主となるべく、この家系図を狙ったと伝えられている」

「では父上、その『ホムラ=アスハ』とは我ら一族の血は流れてはいないのですね?」

「一切繋がってはいない。 妹君との間に子どももいないからね。
その者は、見つかったその日にヤマト家を追放されたとされている」



カナードは父の言葉に確信を持ち、確認とばかりに尋ねた。
ハルマは息子の言いたいことが正確に理解し、その言葉を肯定するかのように深く頷いた。



「・・・・では、アスハの言っていることは狂言? ・・・・先祖様が賊の癖になにが正当なる継承者よ」

「・・・・当主になれなかったことを未だに狙っているということなのかしら・・・・。 ・・・このことは我ら分家にとっても一大事。
すぐさま父たちに連絡を入れます。 ご当主様、カナード様。 皆様は我らがお守りします」



それまでハルマの話を静かに聞いていたフレイとミリアリアは静かに怒りをその双方の瞳に宿し、
絶対に自分たちの主たちに危害を加えさせないという強い意志が見受けられた。
その意思は、彼女たちの隣に座る弟妹たちもまたそれぞれの瞳に宿っていた。







その頃、カナードから第一印象において既に敵と認定されたアスハの後継者は、
その取り巻きである姉妹と共にそれぞれの家に向かっていた。




《・・・・闇に潜みし悪霊たちよ。今こそ、汝らの女神をこの地に!『女神』召喚!!》




急に頭に響いた声に一瞬立ち止ったアスハの後継者・・・カガリたちは立ち止って辺りを見渡した。
しかし、彼女たちのいる場所に3人以外の人影が見当たらず無意識に首を傾げながら再び歩き出そうとした。



「なんだ!」



3人の前に突如現れた大きな穴・・・・・
ブラックホールのようなモノが今度こそ呆然と立ち尽くすカガリたちを吸い込んでいった・・・・。
彼女たちが建っていた場所に残るのは、彼女たちが持っていた鞄と片方の靴だけであった・・・・・。







それから数日が経ち、毎日のように中庭などでシスターからのお小言を言われるカガリの姿が見えなくなっていた。
そのことに多少の疑問を感じながらも自分たちの大切な主であり、
また大切な友人でもあるキラに危害がないことにフレイたちは安堵していた。



「・・・・今日もあの人見かけなかったわよね」

「えぇ・・・。 会った時にガツンと言ってやるつもりだったのに」



ミリアリアたちはそれぞれ不信そうな表情を浮かべながらいつも以上に騒音の響くカフェテリアに向かって廊下を歩いていた。



「リオン様! お姉様方お聞きになられましたか?」



騒音の中、キラたちを呼び止める声が響いた。
彼女たちを「お姉様方」と総称で呼ぶのは彼女たちよりも下級生たちのみに絞られているため、
キラたちはこの声の持ち主は一年生だと判断した。



「どうかなさいましたの?」


「この学院創立初の問題児であるアスハ様たちが、誘拐されたとお家の方が騒いでおられましたわ」



キラたちは後ろを優雅に振り向き、
その様子を見ていた生徒たちはあまりにも洗礼されたキラたちの仕草にウットリとした表情を見せていた。
その表情を見せたのはキラたちを呼び止めた生徒も例外ではなく、
頬をピンクに染めながら騒動の原因でもある出来事をキラたちに伝えた。



「アスハ様たち?」

「はい、ローレライ様。 シスターたちの話によりますと、騒いでおられるお家の方はアスハ家とホーク家みたいですわ」

「あの方たち、お車での登下校ではないの?」

「違うみたいですわ、ルセリナ様。 いつも、徒歩で通っていらっしゃるとお聞きいたしましたもの」



下級生の言葉にフレイとミリアリアは質問し、その質問にその手の情報が流れるのが早い生徒たちから仕入れたことを伝えた。
キラたちの人気は女子部だけでなく男子部でも人気が高かった。
女子部の中でも一部、情報通の人間がおり、キラたちを崇拝している人間もまた多かった。
そのため、一方的にキラたちを敵視する今回の騒動の原因でもあるカガリたちは色々と学院の中で反感を買っていた。



「・・・お気の毒様・・・とでも言ったほうがよろしいのでしょうか・・・」

「私たちに出来ることは、無事をお祈りするだけです。 教えてくれてありがとう。
貴女の身に、神のご加護がありますように」



フレイの言葉に苦笑いを浮かべたキラは、
自分たちに知らせてくれた下級生にニッコリと微笑み胸に付けているクロスのネックレスに願いを込めるかのように祈った。

















闇の力により、異世界へと召喚された3人の少女たち。
緑の楽園にいる少女たちの平和は、見えない力により崩壊の足音を響かせた・・・・・・・。
眠りし闇の宿星は、解き放たれた――――――。





2006/08/22