「幼い頃から願っていた。 俺を『俺』として見れくれる彼女の隣に立てるような、彼女を守れるような男になると。
そして・・・出会ったその日に、一目惚れした彼女を手に入れると・・・・・」
彼女に出会ったその日、初めは天使かと思った。
可愛らしいアメジストの瞳。
ふわふわと風に靡かれる鳶色の美しい髪。
職人の最高傑作ともいえるビスクドールに劣らない、白い肌。
彼女の瞳には、今まで見たことのないまっすぐな光があった。
今まで出会った者たちは、『ザラ家の御曹司』としてしか見なかった。
俺を『俺』と認めてくれたのは、両親を除くと屋敷に使える者たちだけ・・・・・。
その所為か、妙に大人びて育った俺には、感情が欠落していた。
そんな俺に、感情を宿らせたのは・・・・彼女だった・・・・・・。
受難物語 〜番外編〜
― 追想記 ―
厳かなまでの雅楽の音に包まれて。
本日の主役の片割れ、アスラン=ザラは、その雰囲気にとけ込むかのように、
ゆっくりと緋の毛氈の上を、歩いていた。
傍目にはまさに貴公子と映り、共に歩く女性を時折優しい眼差しで見るのも、微笑ましくて。
まさしく、ほぅ〜と、感嘆のため息の洩れる、貴公子ぶりであった。
だが。
その貴公子の仮面の裏にあったのは、天を突き抜けるまでの、歓喜であったりした。
そう。
誰も―若干名除く―気付いてはいないが、アスランの内面は、これでもかというくらい笑み崩れていたりするのだ。
けれどそれも、仕方のないことか。
なにせ、初めて逢った幼い日から、焦がれて焦がれて焦がれまくって。
害虫どもを蹴散らしまくって、漸くこの手に握ることの叶った至宝なのだから。
そう。
あれ…は…。
アスラン=ザラ4才のみぎり。
その日、彼は運命と出会う。
「初めましてv キラ=ヤマトといいますv」
母の友人だという女性の家に連れて行かれて、「友達になってくれると嬉しいわ♪」との言葉と共に紹介された少女に。
見惚れた。
そして、思い切り後悔した。
だって、はっきり言って、最初は全然気乗りしなかった。
どうせ、また“ザラ”の名に群がる奴らと同じだと思っていたから。
だから、一応笑ってはいたけれど、それはつくり笑顔で。
心の中では、相手のことを蔑んですら、いたのだから。
でも。
母の友人だという女性―カリダという名前らしい―は母に対しても媚びるような処はなかったし、
アスランのことも、まっすぐに見てくれた。
それに、キラv
なんて、なんて、可愛いんだv
さらさらの茶色い髪も、アメジストの煌めきを閉じこめたような瞳も。
何よりも、その笑顔v
まっすぐに自分を見てくれる、その笑顔に、やられた。
それを見た瞬間に、それまでの態度を一瞬で後悔して。
「アスラン=ザラですv よろしくねv」
にっこりとつくられたものではない笑み―少しでも、印象を良くしないと、との下心つき♪―を浮かべて、言う。
ついでに、彼女の右手をそっと取って、手の甲に軽いキスを送る。
それに、キラは吃驚して―ついでに、息子のいつもと違いまくる態度に母親も少し驚いて―いたけれど。
にっこりと―顔はちょっと赤かったけれど―笑ってくれて、
「アス…ラン、くん?」
と、名前を呼んでくれた。
その言葉と笑みに、アスランは嬉しくなった。
キラ(あ、勿論、カリダさんも)は、ザラの名に群がるような奴らとは違うんだって分かって。
それが嬉しくて、
「うん。 あ、僕のことは、アスランって呼んでくれる?」
他の奴らには許さないけど、キラには名前を呼んで欲しくてそう言ったら。
「アス…ラン?」
って、いいのかなって感じで名前を呼んでくれて。
「じゃ、キラのこともキラって呼んで?」
って、言ってくれた。
「わかった。 キラ?」
「うん♪」
お互いの名前を呼び合うだけで、とっても心がほかほかして。
キラのこと、好きだなぁって思って。
いつまでもキラと一緒にいたいって思って。
アスランは決意した。
いつか、キラをお嫁さんにもらうんだって。
それで、いつも一緒にいるんだって。
そのために。
キラを守ってあげられるような、キラの隣に立って恥ずかしくない男になれるようにするんだって。
そのことを母に言ったら、とっても喜んでくれたし。
頑張れって、励ましてもくれた♪
勿論、それまでだってアスランは頑張っていた。
ザラ家の嫡子として、恥ずかしくないようにと。
でも。
そんなことよりも、もっと大事なものをアスランは知ったから。
キラっていう大事な大事な宝物。
キラを守るのは、自分。
キラの隣に立つのも、自分。
キラの隣という位置は、誰にも渡さない。
そのためには、一番でなくちゃならない。
誰よりも優れてなくては、キラに相応しくなんてない。
だから、アスランは頑張ったのだ。
頑張って、頑張って。
みんなが誉めてくれるようにはなったけど、一番嬉しかったのは、キラの言葉。
みんなは、「さすが、アスランだね」とか、「やっぱできる奴は…」って、
ちょっと妬みも混じった感じの、できて当たり前って褒め方だったのに。
キラは、違った。
出会ってから、4年目…だったかな?
「アスランって、凄いね」
「そう、かな?」
「うんv だって、アスラン、とっても頑張ってるもん」
にこにこしながら、そう言ってくれた。
それに、ああ…って、思った。
やっぱりキラは、分かってくれてるんだって。
だから。
「だって、キラと一緒にいたいから」
って、言った。
…多分、分からないだろうなぁ…って、思いながらも。
「え?」
で、やっぱり分かってなくて。
「俺が頑張ったのは、キラと一緒にいたいから。 キラの隣に立って、見劣りしないようにしたかったからだよ」
そう、言ったんだけど。
「…私、そんなにすごくないよ?」
やぁっぱり、分かってない。
キラは、とっても凄いんだって事。
元々持ってる能力もそうだけど、努力もちゃんとしてるから、勉強もスポーツも、
キラは第一世代なのに、その辺の第二世代の奴らなんか足元にも及ばない。
しかも、それをひけらかすようなこともしなくて…。
って、いや、そうじゃなくて。
「ううん。キラは、凄いよ? でもね? そんなことはどうでもいいんだ。
俺が、キラを守りたいんだ。 キラの、隣にいたいんだ」
分からないだろう…とは思ったけど、今がチャンスだと思った。
だから、そう言ったんだけど。
「えと…」
やっぱり、分からなかったみたいだ。
でも、アスランは諦めなかった。
だって、焦っていたから。
このところ、害虫どもがわらわらとキラの周りに発生しだしたから。
勿論、アスランがしっかりと牽制&排除はしていたけれど。
でもやっぱり、アスランの立場は、弱い。
4年のつきあいは伊達ではなく、友達…一番の親友ではあると思う。
でも、恋人じゃない。
だから、害虫どもも寄ってくるのだし…。
だからこそ、キラに告白しようって決めていた。
きちんと告白して、キラの恋人っていう確たる位置を手に入れようって。
…もしかしたら、この関係を壊すかも知れないって可能性もなきにしもあらずで、ちょっと怖かったのも事実。
けど。
でも、アスランは確信していたから。
時折アスランが女の子から告白をされたとき、キラの表情が曇る。
それは、自分のことを異性として認識してくれてるんだ、好きでいてくれるからだって。
だから。
「キラ、俺は、キラが好きなんだ」
そう、言った。
「私も、好きだよ?」
でもやっぱり分かって無くて。
「違う…いや、そうなんだけど、そうじゃない。 俺は、キラを女の子として好きなんだ」
そう、言った。
「え?」
それに、キラは驚いたような表情をした。
でも、それは純粋な驚きで、決してイヤとかそういう感情で、ではないことが見て取れた。
だから。
「ずっと、一緒にいたい。 お嫁さんに、なって欲しいくらい、好きなんだ」
そう、言った。
返事は、
「…わ、私も、好き…」
だった。
アスランはそれが嬉しくて嬉しくて嬉しくて!
思わず、キスしてしまった。
…といっても、触れるだけのごく軽いものだったけどv
その夜、キラと恋人になった旨を母に報告したら。
「よくやった、アスランv」
との言葉をもらった。
ついでに。
「でも、ここで気を抜いちゃダメよ。 キラちゃんを、しっかり捉まえておきなさいv」
との言葉も。
もちろん、アスランには気を抜くつもりなんて、さらさら無かった。
やっとの思いで、恋人になれたのだ。
ついでに一気に…は無理でも、早いうちに婚約してやるんだと、決意を新たにしたのだ。
キラの気持ちは、大丈夫。
努力も怠らないし。
キラの両親に気に入られている自信も、ある。
もしかしたら小父さんがごねるかもだけど、きっと小母さんが味方してくれるだろう。
障害があるとすれば、おそらく父だけだが…。
百聞は、一見に如かず。
何を言うより、キラに会わせてしまえば、絶対落ちる。
だから。
「父上は、いつ、こちらにこられます?」
そう言えば。
「…聞いてないけど、……なんなら、呼ぶわよ?」
さすが、アスランの母。
アスランの意図をしっかりと汲み取って、動こうとしてくれて。
そして、現在が、ある。
長くも短い緋毛氈を歩き終えたアスランとキラは、三三九度の杯を飲み干して。
禰宜の言祝ぎの言葉を受けて。
皆に、結婚を宣した。
キラが自分のものだと、ここに知らしめたのだ。
2006/12/26
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