「私は、結婚するのなら、父上と母上のようでありたいと常々思っておりました。
いくら高かろうと、愛情のない結婚は、上手くはいかないでしょう」



アスランもだろうが、俺もまた結婚するのなら自分の好きになった相手としたいと思う。
たとえ、次世代の生まれる確率が高いだろうが・・・双方に愛情がなければ、
次世代どころかその家庭自体が上手く行くはずがない。
アスランが昔から好意を寄せている者がいるように、俺もまた初めて好きになった者がいる。




・・・今回の説得と同時に、俺の願いが叶うのなら・・喜んで共犯になるさ。








受難物語
   ― 受難の日々 ―








騒乱の夜は更けて。
アスラン(時折イザークも含まれつつ)で遊ぶことを覚えた彼らは、
時に反撃を食らいながらも、任務を遂行していった。



そして。
二ヶ月の巡回任務が終わって、今日は晴れの日。

礼装(ただし、第一級ではない。第一級礼装をしているのは、今日はアスランだけである)に身を包み、
指定された場所で、儀式の始まりの時を待っていた。

「なぁ、しっかしアスランさぁ、何で今更結婚式なんかやるんだ?」

そして、暇つぶしの格好のネタといえば、新郎新婦のこと。
それに、まさに今更ながらの疑問を口にするのは、ラスティで。

「だよなぁ。 周囲に紹介するって言うんなら、パーティだけでいいもんなぁ」

確かに…と、乗るのはミゲルだったりする。


けれど。
確かにそれは、今更ながらではあるが、大きな疑問ではあったりする。
あの後の情報検索ー別名アスランで遊ぼうーによれば、彼らはすでに籍は入れているらしい。
というか、彼女のことをアスランから知らされたザラ夫妻、いきなり仕事場から出奔したという。

そして、二人の前に現れた最初の言葉が、

「ここにサインしなさいv」

だったりするのだから、恐れ入る。
ちなみにサイン…とは、勿論婚姻届への当事者の…、である。
ザラ夫妻、皆の前から消えている間に二人して諸々の手続きをして、
書類を提出するだけでいいまでにしてしまっていたのだ。
そして、元々そのつもりのアスランと、アスランを好きなキラに否やがあろうはずもなく。
二人のサインがされた書類は、恙なくしかるべき場所に提出・受理されている。
ついでに、評議会もエザリア=ジュールを通じて認めて…認めさせられている。
つまり、今更結婚式をするまでもなく、彼らは実質的にも形式的にも、
ついでに周囲も認めるしっかりきっぱり正しく夫婦なのだ。
なのに、なぜ今更結婚式なんだと。
ラスティはそう言っているのである。


だが。
多分…というか、恐らくこうだろうなぁ…と思われることはある。
やっぱり彼女も女の子なんだということ。
女の子なら、やはりドレスに憧れるんではないだろうかと。そう、彼らは推測していたのだが。

「で、イザーク?」

その辺の真実っていうのは、一体どうなってるんだ?
そう聞く面々であった。
新しくアスラン弄りという遊びを得た彼らであったが、そこで得たものは、もう一つある。

触らぬ神に祟りなし、である。

矛盾しているようではあるが、ある程度までなら、アスランは結構遊ばれてくれるのだ。
…本人に、自覚があるかないかは別として。


が。
事がある一定のラインを越えたり、彼女を泣かせるような事柄に触れようとすると、逆鱗に触れることがある。
で、その見極めが、彼らには今一できなくて。
ちょくちょくイザークに助けられていたりする。
もしも、今回のこの疑問がそれに当たっていたら。
うっかりと話題にでもしようものなら、彼らの未来がどうなることやら。
で、その辺を完璧ではないにしろ、ある程度は見極めているらしいイザークにお伺いをたてたということだ。
それへの答えは、

「半分当たって、半分はずれ、だな」

だった。
思わずクエスチョンマークが飛び交ってしまう。
なんだそれは、である。

ならば、それは話題にしてもいいのだろうか?
それに、ここ二ヶ月ですっかり習い性になった苦笑を浮かべつつ、

「まぁ、別に話題にしても大丈夫だろう。 ただ、キラ自身も女性だからな。
結婚式をしたいという気持ちはあるだろうが、しなくても別に気にはしない…という程度だ。
アスラン…今回はザラ夫妻も…か、ほどじゃあないな」

…と言うことは、この式、アスランの希望か。
ついでにザラ夫妻の。

まぁ、聞き及ぶ彼女の性格上、結婚式をしたいと希望したとしても、
もっと慎ましやかなものとなるだろう。
しかし、今回の結婚式…後の披露宴を兼ねたパーティもさることながら、
式自体も、決して慎ましやかとは云えない。


というか、ほど遠い。
だが、そんな式を挙げたくなる…それ程に、彼女は望まれていると言うことかと納得しかけたら。

「まぁ、あれ…では、しかたないだろうが、な」

ものすごく意味深な言葉を吐いてくださったりして♪
ついでに、言外に、自分も見たいとの想いをしっかりと滲ませてくれて…。

「あん? お前、それはいくらなんでも不味いんじゃ…」

思わず、といったふうに窘めてしまう。
だって、イザークの言い分だと、彼もキラの花嫁姿を楽しみにしていると言うことで。

まぁ、イザークに関してはそんな疑惑は微塵もないだろうが、それでもだ。
仮にも花嫁となる女性に好意を持つような発言は、不味いだろう。


ましてやこの花嫁の相手は、あのアスラン。
たとえイザークでも、この発言は、しっかりきっぱり彼の逆鱗に触れるものではないのだろうか?
そう、思ったのだが。


それにイザークが何かを言おうとした、その時。

「見れば、分かりますわ」

どこかで聞いたことのある、でも今まではそこにいなかった声が聞こえた。
その声の主は、

「「「「「ラクス?」」」」」

だったりした。
いや、彼女が招待されているのは知っていたし、
イザークという恋人がここにいるのだから、来ても不思議はないのだが。


はっきり言って、驚いた。
いや、軍人として、弛んでると言われればそれまでなのだが、気配がしなかったのだから。
ので、今回のことは、不意打ちだったりする。
それを咎める意味でも、名を呼んだのだが……。
だが。

「いいのか?」

「ええv 私は、十分堪能しましたものv」

「…俺は式までお預けですか?」

「まぁ、当たり前ですわ♪ 今行ったりしたら、大変なことになりますわよ♪」

…イザークとラクスは彼らを置き去りにして、二人だけの世界を作ってくださった。
ラクスが来たことを露程も驚かなかったイザークは、
さっさと姫君にするように(ま、ラクスは歌姫と呼ばれてますし、実際クライン家の姫君ですけど)
エスコートして席に着かせると、彼らには意味不明の会話を始めた。


そこはかーとなくピンクのオーラが漂っていたりするのは、
決して彼らの気の所為ではないだろう雰囲気を漂わせつつ。

「………イザーク、すいませんが、僕らにも分かる言葉で話していただけませんか?」

それに、流石にちょっとお冠になったのか。
説明してくださいと、頼む。


そもそも、ラクスを紹介(ニコルは知っていたが)すらしないなんて、
礼儀に悖るじゃないですかとの無言のプレッシャーをふりまきつつ、
ついでににーっこりと笑顔(目だけは笑わずに)で、ニコルが言う。


それに漸く彼らの方を向いたイザークに、これで分かると安堵したのも束の間。

「ああ、ラクス=クラインだ」

イザークの発した言葉はそれだけ。
それだけで、義務は果たしたとばかりに、また二人の世界へ戻ろうとした。

が。

「ちょ、ちょっと、イザーク!」

確かに、紹介はした。
だが、こちらからは何も言ってないし、何よりも、先の質問の答えをもらっていない。


だが。

「ま、すぐに分かるさ」

「ですわねv」

またもや二人だけで分かり合ってくださって。
どうやらこれ以上待っていても、口を割らないだろう事は確実で。

「……待つっきゃないってこと?」

「だろう…なぁ」

そんな二人の態度に、しょうがないとばかりに諦める。
ま、もう少しすれば、確かに分かるのだから、楽しみは後に取っておこう。
そう、思った彼らではあったが。

「始まりますので、どうぞこちらへ」

会場の係の人だろう。
疑問も持たずに、呼ばれたからついて行って。
開かれたドアをくぐって。


絶句した。
彼らはその年齢から、それほどの結婚式を見てきたわけではなかった。
それでも同じ年頃の一般人の面々と比べれば、親の仕事の関係上、
何回かは招待されていたし、それなりには見てきた。
だから今回も、それなりの格式のものだと思っていたのだが。
(まぁ、ザラ家のものだから、今までよりも豪華ではあろう)

「なん、ですか、これ?」

ニコルが無意識に呟いた言葉が、彼らの心情を代弁していた。


その部屋の装飾は、流れる音楽は。
そして、列席者の格好(場所的に、新婦側か?)は、
それまで彼らが見たことも聞いたこともなかったもの。
彼らの知るのは、教会式。
宗教を持たないコーディネイターだけど、やはり流れとしては欧州系が多くて。
だから、結婚式は一般的には教会で、
それなりの地位にある人(例えば導師と呼ばれる人とか)によるものが多かった。



だが。
今入った部屋に、祭壇はない。
いや、似たようなものはあるのだが。 
あの緋い絨毯は、なんなんだ? で、
その前にある祭壇か? の花瓶に挿してある緑色の葉っぱは何なんだ?
で、その端の方に置いてある、折りたたみ式と覚しき金色の壁は何なんだぁ?
あまりのことに絶句しまくって、何も言えない面々。


……分かってるお二人さんは、「流石キラですわ〜」とか、「素晴らしい」とか言ってくださってるみたいだったが…。



はっきり言って、思考停止状態。
聞こえてても、考えることができない状態。
そんな彼らを余所に、時間は進む。
なんかピーと笛の音みたいのが聞こえたと思ったらこれまた聞いたことのない音楽が鳴って、
誰かが緋い絨毯の上を歩いている。
その格好もまた彼らの知るものではなくて…。
というか、その格好をしているのが、今日の主役(アスランとキラ)だと認識した途端、また絶句する。


だって、である。
彼らは軍属で、礼装と言えば軍服を基調としているもので。
なのに、アスランの着ているのは、黒い…袖がやたらと広く身頃もゆったりとしている…貫頭衣? のようなもので、
はいているズボンと覚しきものも幅広だし…。

ついでに履いてる靴とか、頭に被ってる帽子のようなものとか、
手に持ってる木とか、ベルトのトコに差してる棒とかってのはいったい何なんだ?


それに、新婦のドレス…か?
アレは、一体何?
似たようなもの(確か、キモノとか言った…か?)のなら、
隣で一緒に絶句してくれてるディアッカに見せてもらったことはあるけれど。
それとは違う。

形は似ているけど、こっちのが無茶苦茶華やかだし、何枚か重ね着してるようだし、
よくよく見れば、あれは、金と銀の糸か? を使って刺繍をしてるので、
もの凄くキラキラしてるようだし、紫色のズボン? はいてるし、
髪は前見たときより大分長いし、髪飾りもティアラとはちょっと違うようだし……。



つまりは、彼らの知るいずれとも違っていたために、混乱していたのだ。
そんな風にちょーっち現実逃避してたら…。
何時の間にやらその結婚式らしきものは終わっていて。
気がついたら、最初にいた控え室にいた。
あまりにも衝撃が強すぎたのか、誰も何も言わなかった…というか言えなかったのだが。

「……なぁ、もしかして、今更の式の訳って……」

そんな中、それでも何とか復活したディアッカが(息も絶え絶え、という態ではあったが)
まさか違うだろう…という問いかけも。



「まぁ、ザラ一家はキラ馬鹿だからな」



大きな声では言えないがな…と、言われた言葉に絶句する。



「大体、キラは別に普通の式でいいと言っていたんだ。
勿論、ヤマト夫妻も、あれを無理にでもさせる気はなかったんだ。 準備に時間がかかるからな」

「…で、それを今日したってことは…」

「アスランが、ごねた」



おーい。
アスラン…お前って、お前って…。
思わず現実逃避しても、罰は当たらないだろう。


今日キラが着ていたのは、十二単って奴で。
ディアッカが日舞で着ている着物ですら、早くて二ヶ月位はかかるのだ。



三年位、当たり前だ。
今更だけど、今更じゃなかったんだと、実感したディアッカであった。
そしてもう一つ。



「あの、今更ながらなんだけど、アスランが束帯姿してたのって…」



まさか、まさか、違うよなぁ…微かな望みを繋ごうとするも。



「勿論、キラの衣装に合うから」



…の、言葉に一刀両断される。
アスランの着ていたのは、十二単の対になる奴で。
でも、アスランは軍属だから、着るとすれば軍礼装なのに、何でと思っていたのが、それとは。



とほほほほ…と、力ないため息が洩れる。


だが。



「アレ以外、合うと思うか?」



ぽそりと紡がれた言葉に、確かに…と思ってしまうのも事実。
確かに軍の礼装は格式も高いし、重厚な感じもするのだが。


だが、あの“伝統”という名を背負っている十二単の前では、どうしても薄っぺらく見えてしまう。
それは、分かる。
分かるのだが。



「お前、それでよかったの?」



思わず、問いかけてしまう。
イザークは、軍…というか、ザフトに、非常な誇りを持っている。
なのに、その同僚であるアスランが、似合うとはいえ、軍礼装以外でいいのか…と。
というか、普通なら、そんな格好をしたアスランを、先頭切って怒鳴りそうな気がするのだ。



だが。



「何を言っている? あの伝統美の素晴らしさが分からんというのか? 俺たちにも似合えば良かったんだが…」



………似合えば、アナタも着ていたと?
あまりといえば、あまりの台詞と勢いに、もう黙るしかなくて。


その後、滔々と伝統の素晴らしさを語ってくださったイザークに。
ディアッカは…否、全員が思った。
イザークがアスランと関わったのは、ある意味災難だ…と。
そう思っていたのだが。


そうじゃない。
逃げられるのに、逃げなかっただけだと。
自業自得だと。

ついでに、そうなった理由も分かってしまった。
彼らは、同じだ。
類友だと。



だが。



「………俺たちも、かな?」



ぽつりと呟かれたミゲルの言葉が、彼らの運命をも表していたりした。



そう。
イザークの運命は、これからの彼らの運命の雛形。
逃げられるのに逃げなかった。
自らずぶずぶと突っ込んできた彼らの。



受難は、まだまだ続いていくだろう。









イザークside完結










2006/11/07