「君と共にありたい。 初めて、自ら共にありたいと願った君だから・・・・・」
あの頃・・・・、君と夢で初めて出会った・・・あの頃。
伝承にある最後のエレメンタルだと思われる『声』だったからこそ、予兆はあったのだろう。
俺たちの契約する精霊たちもまた、似たように夢として現れたから。
しかし、それでも・・・・。
君に触れたいと思ったのは、それらが関係しているわけではない。
・・・・・君だからこそ、心から君の存在を欲したんだ。
―――― あの時から、俺の宿星は静かに回り始めていた・・・・・。
光と闇のレジェンド・外伝
― 初恋草 ―
炎の精霊によって守護されし国、エターナル。
この国で最強という名の称号を名実共に冠する人物がいる。
この世界で重要視されている魔力だけではなく、
学問・武術においても最強の名を欲しいままにしていた。
エターナルの中枢都市であり、エターナルを治める王族が住まう城のあるコペルニクス。
炎の精霊に加護される国の象徴として、真紅が強調されている。
その真紅と対になるように純白もまた国の象徴とされている。
エターナルの城・・・ディセンベル城内部にある中庭と違い、あまり人気のない奥庭にて、
この国の第一王位継承権を冠する皇子が幼い頃から共にする側近を相手に、
剣術の修行を行っていた。
尤も、この皇子はエターナル内において最強であり、彼に敵う者はおらず、
彼の相手をしている側近しか、この国で彼の本気を引き出せないまでに強かった。
それでも尚、鍛錬を怠らないのは己の力を過信して、
必要とされる時に本来の力を引き出せなくなることを阻止するためであった。
「それまでッ!」
彼らの剣術修行を止めたのは、側近と同じ黄金色の髪とカイアナイトの瞳を持つ青年であった。
彼はエターナルの隣国であり、
風の精霊によって守護されし国、アークエンジェルの第一王位継承者である皇子の側近でもあった。
そんな彼は、先ほどまで皇子の相手となっていた側近・・・レイ=ザ=バレルの兄である。
カイアナイトの瞳を持つ青年・・・ムゥ=ラ=フラガの声に
レイと紺瑠璃色の髪とエメラルドの瞳を持つ青年は双方に構えていた武器を静かに下ろした・・・・・。
双方が使用した剣は、訓練用として刃が潰されている為
万が一にも相手を傷つけることはできないようになっている。
尤も、少しでも訓練になるようにと普段の真剣よりも僅かに重くなっているが。
少しでも修行が出来るようにと彼らが普段使用する愛剣と同じく、
レイは長剣を使用し、エメラルドの瞳を持つ青年は長剣の双剣を使用していた。
「兄様? いかがなさいましたか?」
「・・・いや。 なんでもない。 剣の相手、ありがとう。 レイも最近、強くなってきているぞ」
「ありがとうございます、兄様。 しかし・・・やはり、兄様には勝てませんね」
レイは、空を一心に見つめる主であるエメラルドの瞳を持つ青年に声をかけた。
レイの言葉にはっとした表情を一瞬見せた青年だったが、その表情を誰にも気付かれることなくいつもの表情で、
先ほどまで手合わせをしていたレイの腕を評価した。
そんな青年に対し、レイは嬉しそうに微笑みながらも青年の方がまだまだ強いと言い、苦笑いを浮かべた。
・・・・レイが苦笑いしたのは、自身は先ほどまでの疲労で呼吸が乱れているにも拘らず、
主である青年は呼吸一つ乱れていないからであった。
(・・・今の声・・・・俺にしか聞こえていない? ・・・一体、君は誰なんだ)
そんなレイの言葉にエメラルドの瞳を持つ青年は苦笑いを浮かべながら、
一瞬頭の中に響いた切なげな声に内心首を傾げた。
もちろん、そのことを表情として表に出ていないため、周りの者たちに気付かれることはなかった。
「アスランッ! 今度は俺の相手をしろッ!!」
「イザーク様、アスラン様は先ほどまで剣戯をなされておりました。 休息の時間ですよ」
水分補給を行っていたエメラルドの瞳を持つ青年の前に、
白銀色の髪とサファイアの瞳を持つ青年が立ちふさがった。
そんな主に対し、それまで黙ってエメラルドの瞳を持つ青年とレイの稽古を見守っていた青年が
苦笑いを浮かべながら窘めた。
サファイアの瞳を持つ青年は、エターナルの隣国であり、
水の精霊に守護されし国、ヴェザリウスの第一王位継承者である。
彼は幼い時からエメラルドの瞳を持つ青年を一方的にライバル視する傾向があるが、
今までも幾度となく勝負を仕掛けては、連敗記録を伸ばし続けていた。
「・・・構わん。 ・・・来い、イザーク」
「・・・大丈夫なわけ?」
「平気ですよ、兄様ですから」
サファイアの瞳を持つ青年の側近であり、レイとムゥの兄でもある青年・・・ラゥ=ル=クルーゼの言葉に対し、
エメラルドの瞳を持つ青年・・・アスラン=ザラは大理石の柱にかけていた双剣を再び手に持ち、
サファイアの瞳を持つ青年・・・イザーク=ジュールを見据えた。
アスランの様子を見守っていた
外野にいるアークエンジェルの皇子である黄金色の髪とヴァイオレットサファイアの瞳を持つ青年は
心配そうに双方を見やったが、その隣に立つレイは、ニッコリと微笑みながら大丈夫だと断言した。
「始めッ!!」
ムゥの審判の元、再び奥庭に鈍い鋼の音が響き渡った。
イザークの使用する剣は、レイの使用した剣よりも少しばかり小さめである。
先手必勝とばかりに先に攻撃したのはやはり、イザークであった。
そんなイザークの攻撃を読んでいたのか、アスランは慌てることなくサラリと受け流し、
左手に握られた剣を無造作に振るった。
受け流されたイザークはバランスを崩すことなく、再び攻撃態勢に戻っていたが、
アスランの振るう剣の速度に追いつけず、防御を余儀なくされた。
アスランの繰り出す攻撃に対し、押され気味だったイザークであるが、
一定のリズムが崩れると同時に攻撃を仕掛けた。
しかし、そのことを狙っていたアスランにより、
右手に握っていた剣によってイザークの剣が飛ばされ、高く舞い上がった・・・・・。
「それまでッ!」
イザークの使用した剣が地面に突き刺さると同時に、ムゥの声が響いた。
その様子をレイは嬉しそうに微笑み、
ラゥとヴァイオレットサファイアの瞳を持つ青年・・・ディアッカ=エルスマンはイザークの表情に苦笑いを浮かべた。
「・・・イザの連敗記録、また更新か・・。 アスランもたまには負ければいいのに」
「それは・・・無理ですよ。 兄様も結構頑固と言うか負けず嫌いですから。
・・・一番大変なのは、ラゥ兄様ではありませんか?」
「・・・大丈夫だよ、レイ。 あの方の癇癪は、いつものことだ。 それに、それこそ今更だろう」
ディアッカはため息をつきながら、
未だ愕然とした表情のまま固まっている幼馴染とサッサと先ほどまでの位置に戻り、
双剣を置いて柱に背を預けるもう1人の幼馴染を見た。
ディアッカの発言に苦笑いを浮かべていたレイは首を振り、自分の隣にいる長兄を見つめた。
末弟の瞳が何を語っているかを正確に理解しているラゥは、末弟の頭を優しく撫で、肩をすくめた。
「・・・すまないが、今日はもう休む。 お前たちの客室は、いつものところだ」
「兄様、俺もご一緒します」
「いや、大丈夫だ。 それより、久々にラゥたちに会ったのだから、甘えるといい」
柱に背を預けていたアスランは、
もう一度空を見上げるとそのまま横に掛けていた双剣を手に取り、城の廊下へと戻った。
その様子に気付いたレイは自分もアスランの後を追おうとしたが、アスランはそんなレイを止め、
普段は他国にいる彼の兄たちと共にいるように命じた。
立ち止ったレイを見届けたアスランは、再び振り返ることなく私室へ戻っていった・・・・。
『我らと契約せし炎の騎士よ』
「・・・炎の精霊たちか。 珍しいな」
私室に戻ったアスランの耳に響いた声は、エターナルを守護し、彼と契約を結ぶ炎の精霊たちであった。
精霊は、本来自ら語りかけることはない。
しかし、契約者や神殿を守護する巫女のみ、語りかける時があった。
尤も、その殆どがその身に危険が迫っている時である。
今回、アスランの耳に響いた声には危険を知らせるものではなく、
その事に珍しいと思ったアスランだったが、
先ほどレイとイザーク相手に剣を振るった時の疲労が溜まっており、
そのまま眠りへと誘われていった・・・・・。
「・・・此処は? 精霊たちと契約した時に見たものと似ているが・・・・様子が違うな」
目の前に広がる白い霧に、アスランはポツリと呟いた。
アスランほどの魔力を持つ者は、精霊自らその能力を確かめるため、夢として現れる。
その中で精霊たちを見つけ出すことが出来ると、その光景が一気に変わり、契約場所が分かるのである。
アスランが炎の精霊に見せられた夢は、その名のとおり紅蓮の炎の中であった。
しかし、今彼の前の前に広がるのは真っ白い霧であり、その事にアスランは首を傾げた。
「・・・俺以外に、もう1人いるのか? ・・・霧の所為で見えないな・・・・」
時期皇帝として、剣術や体術を習い、現在では全てにおいて国内で最強の名を冠する彼は、
それらで基礎的なものである人の気配を感知する能力は他の国の皇子よりも優れている。
そんなアスランは、自分以外に人の気配を纏う者が1人いることを感知し、
尚且つその気配が不安定だという事まで察知した。
『汝、己の願いを見つけよ。 我ら、汝の力となろう・・・・・』
その場から動くことなく、周りの様子を窺っていたアスランに響いた『声』。
その『声』は彼と契約する精霊に似てはいるものの、まったく別のものだと彼は本能的に感じていた。
「・・・まさか、伝承にある最後のエレメンタル・・・?
オーブに封印されていると文献にあったが・・・・。
今まで誰も契約できていないために、伝説となった・・・・あの?
・・・一体、君は誰なんだ・・・?」
城にある図書室で皇家に伝わる伝承の書かれた文献には、
世界の始まりと精霊の守護について書かれている。
彼が契約する精霊もまた、契約者であるアスランを“炎の騎士”と呼び、
伝承にもまた“炎を守護する騎士”と書かれている。
精霊が彼らと契約した時から、この伝承は真実であり、
また事実だと言うことを彼を含めた契約者たちは思っている。
そのことは、彼らの親しい者たちも同じ思いであった。
「・・・まだ、君が何者かは分からないが・・・。 それでも、君は求めてきた者なのだろうか?
・・・不安がらなくていい。 俺が、君を・・・守るから」
アスランは、
少なからずもこの『声』と伝承、そしてもう1人の気配の持ち主が何らかの関係があるとこの時、
確信していた・・・・・。
暗闇から一筋の光が世界を照らし、
その光に導かれるようにあたり一面に日差しが世界を照らし出した。
王宮の中心部分にある一室にて、アスランは目覚めた。
「兄様、おはようございます」
「おはよう、レイ。 他の皆は・・・」
「皆様も、そろそろ起床のお時間ですので・・・着いた時にはおられるかも知れませんね。
・・・・如何なさいましたか?」
「いや、大丈夫だ。 俺たちも行こうか」
「はい」
自室から廊下に出ると、太陽の光によって一段と輝きを放つレイの金色の髪をまぶしそうに眺めていた。
そんなアスランに対し、レイは首をかしげながら尋ねると苦笑いを浮かべたアスランは、
そのままレイを促してイザークたちの待つ広間へと足を向けた。
「アスラン様、おはようございます」
「おはよう、ムゥ。 ・・・早かったな」
「そうでもございませんよ。 この者、私が入るまで眠っていましたからね」
「兄上ッ! なにもアスラン様やレイの前で言わなくても良いでしょう!」
「ムゥ兄様は、昔から寝起きが悪いとラゥ兄様より聞いておりましたよ」
アスランは驚いた様子を隠そうともせず、いつもならばこの場にいることが一番遅い青年の姿に目を瞠った。
そんなアスランに対し、ムゥは苦笑いを浮かべたがそんな弟にラゥは冷静に突っ込みを入れた。
そんな兄に、ムゥは情けない顔を見せながら反論していた。
兄たちの言葉に苦笑いを浮かべていたレイは、
クスクスと微笑みながら幼い頃に長兄から聞いた話を時効とばかりに次兄に話した。
(・・・あの夢・・・本当ならば、調べてみる価値はありそうだ)
アスランは、いつもと変わらない穏やかな朝の風景と3兄弟の話に苦笑いを浮かべながらも、
夢にでてきた『声』が自分の中で立てている仮説なのかを調べようと、密かに今後の予定を立てていた・・・・・。
その日から、週に3回ほどのペースで同じ夢を見るようになり、
『声』を調べるようになってから数ヶ月が過ぎようとしていた。
疑問に思ったその日に調べた文献だったが、
伝承として今に伝えられているため詳しい内容など書かれておらず、神官などに聞いても答えは同じ。
それこそ、伝説の域である。
最初から前途多難だということは承知だったアスランだが、
夢にでてくる自身以外の気配に恋焦がれている自分に気付いた。
「・・・俺は・・・君に逢いたいのか? 名はもちろん、姿も見たことのない君に・・・・?」
『我ら光の加護を受けし、魂を持つ少女よ。 我ら、汝の想い・・・・聞き届けたり』
真っ白な霧に包まれた状態で辺りを見渡したアスランは、ポツリと呟いていた。
その呟きに、アスランは自嘲した。
そんなアスランの耳に、再び『声』が響き、確かに“光”と言う単語をその耳に届いた。
その事に呆然としていたアスランだったが、目の前に広がる真っ白い霧に、
それまで一筋も光の差さなかった空間に突如、天空から光が漏れてきた。
全てを飲み込むその光に、アスランと契約している炎の精霊は、
契約者であるアスランを守ろうと全身を赤い光によって包み込んだ。
アスランを包み込む赤い光が消え失せた頃、
視界を霧で遮られていた目の前の風景は一転し、美しい光景が広がっていた。
アスランの視界には、1人の少女が佇んでおり、
少女の気配にどこか懐かしさを覚えたアスランだったがすぐにその正体が分かった。
今まで見てきた微笑の中で一番輝いて見える少女の微笑みに、驚きを隠せないアスランだったが、
その微笑に嬉しさを感じたのかアスランもまた自然と微笑を浮かべていた。
それから、幾度となく彼らは夢の中で誰にも知られることなく会っていた。
精霊の力が彼女に共鳴しているのか、回数を重ねるごとにその力が増していた。
霧が晴れるまでは、少女を見ることだけを望んでいたにも拘らず、
こうして目の前に少女が見えると今度は別の欲求が彼の中に生まれているのを、
彼は夢で少女に会う度に痛感していた。
(君に・・・・触れたい)
その想いはアスランの中で強く芽生えるばかりだったが、動くことはなかった。
しかし、相手に触れたいと思う気持ちはアスランだけではなかったのか、
少女もまた何度となく、細くて白い手を伸ばしてきた。
しかし、触れるか触れないかの位置まで来ると少女の伸ばされた手はアスランに触れることなく、下ろされていた。
そんなことが数回繰り返された頃、
それまで動くことのなかったアスランは何かに惹かれたかのように恐る恐ると少女の白い頬に触れようとした。
――― パシッ!
アスランが少女の頬に触れる瞬間、静電気が流れたような音が2人の間に響き渡った・・・・・・。
(・・・・なんだ・・・? 今のは、《力》で跳ね返された・・・? 君に、触れることすら出来ないのか・・・・・?)
少女はアスランの動きに呆然と立ち竦み、無意識のうちにポロポロと涙を流していた。
自分の掌を見ていた彼は目の前にいた少女が泣いていることに気付き、驚いた様子でアタフタしていた。
それでも少女の瞳に溜まった涙をふき取ろうと再び腕を伸ばしたが、
その腕は少女に触れることなく元の位置に戻された・・・・・・。
涙を流す少女に、アスランはなす術もなかった。
心に鈍い痛みが走ったが、それすらも少女の感じている痛みだと
アスランはその痛みを耐えるかのように、表情を歪めた・・・・・・。
それから数ヶ月、彼らの間に何の変化もなく、ただ相手の姿が見えて、
優しく包む相手の気配に身をゆだねるだけの日々が続いた・・・・・・。
2007/01/23
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