「・・・・あと少しの辛抱だ。
“紅”は、眠れる巨人を迎える。 そして、アメジストの天使の帰還と一緒に・・・・」



長い、半年間だった。
彼女がこの任務を受けることは予測できていた。
彼女ほど、プログラミングに適している人材・・・
そして、情報処理が神業なのは、プラント中を捜してもきっと彼女が群を抜いている。

俺たちザフトとしては、今回の任務を放棄することは出来ない。
俺たちが望むのは、俺たちコーディネイターの「自由」。
そのためには、奴らにこれ以上〔力〕を持たせてはいけないんだ。
その〔力〕を削ぐために必要な任務。




けれど、その任務も終了し、彼女と再会できるのも後、数時間・・・・・。


俺が唯一、安心できるのは・・・この世で無二の存在である彼女の元だけだ・・・・。








01. 通信








地球圏内にある中立国【オーブ】の衛星コロニーの一つである【ヘリオポリス】において、
大西洋連邦との間で極秘に共同開発されたガンダム・・・・
通称Gシリーズを全て奪取し終えたザフトのサラブレッドで構成されている部隊、
クルーゼ隊は任務を終えたために【ヘリオポリス】に潜入の任務を担っていた仲間の帰還と共に
本国へと帰還するために走行を続けていた。



潜入し、円滑に作戦を遂行して民間人に被害を与えないようにするため、
スパイの役目を果たした1人の少女は単身で半年間本国を離れていた。



「キラ、お帰り」



奪取してきたGシリーズの一機、『GAT-X303 AEGIS』をハンガーに固定させると、
コックピットから真紅のパイロットスーツを身に纏った少年が素早く
1Gに設定された地面に重力に従う形で降り立った。


そして、徐にコックピット付近に佇む髪の長い男物を身に纏う少女に向かって大きく腕を広げた。



「ただいま、アスラン」



そんな少年の行動に嬉しそうに微笑んだ民間人の服装を身に纏っている少女は
重力を感じさせないほど身軽に宙へと飛び出し、舞い降りるように腕の中で綺麗に着地した。
着地した際に、長い髪は重力に逆らうことなく靡き、羽根のような軽さを感じさせるとサラサラと靡いた。



「キラ様、半年間にも及ぶ潜入の任務お疲れ様でした」



整備士の1人が少年たちに近づくと軍特有の敬礼を示した。


その事に懐かしそうに瞳を細めながらも温もりを得ようとパイロットスーツに身を寄せたが、
どこか違和感でも感じたのか少年の顔を覗きこんだ。



「・・・キラ、自室に戻る前にパイロット室に行こう。
そこに、君の軍服も一緒においてあるから」

「うん。 そうだね・・・。
じゃあ、少しだけ休みを取ってから通常勤務に戻るから」



パイロットスーツを身に纏う少年は少女を促し、
たくさんのMSに囲まれる格納庫から自分たちパイロットが待機する部屋・・パイロット室に向かった。



部屋の中は少女のことを考慮してあるのか1人だけ入れるスペースを区切ってあるカーテンを引っ張り、
今まで着ていた男物の服装から半年前までその身に纏っていた真紅の軍服を身に纏った。




部屋に戻ろうと流れに従って廊下を通っていた彼らの耳に艦内放送が流れた。



《アスラン=ザラ、キラ=H=ザラ、直ちにブリッジへ出頭せよ。
もう一度繰り返す・・・・》


「・・・・ブリッジに呼び出し? なんだろう・・・?」

「・・・・本国からの通信だったりして。
父上も今回の作戦は知っていたけど心配していらしたから」

「パトリック小父様からの?
小父様にお会いするのも半年ぶりだから楽しみv」



キラの発言に苦笑いを浮かべたアスランは、これから起きるであろう騒動に少しだけ顔を歪めた。



「? どうしたの?」

「ん? あぁ・・・ブリッジでの騒動を考えるとな・・・。
クルーゼ隊長やアデス艦長は分かっていらっしゃると思うが・・・他のクルーがな」



アスランは考えるだけで頭を抱えたくなるようなことを予測した。



彼の父であり、ザフト軍の最高司令官である国防委員長という肩書きを持つパトリック=ザラは
普段は厳格に服を着せたような感じであり、表情が乏しい。
部下たちからは影で「泣く子も黙る」と思えるほどの無表情なのだが、
キラの前だけはその無表情が崩れ去り、ただの小父さんのような表情を見せる。
そんな父にキラもまた幼い頃から懐いていた。


最も、彼女にしてみれば生まれた時から隣に住んでいて今では養い親であり、
未来の父であるパトリックの表情に恐怖を感じない。


部下や仕事仲間の者たちからは厳格のある表情をしたパトリックしか知らないためか、
ザラ家の親子間は冷め切っていると思われがちだが
この2人は性質が似ているためか世間が思っているより仲が良い。


キラを第一に考える思考の持ち主である息子の性格を深く理解しているパトリックは、
今回の作戦においてもキラを回収する役目をアスランにと任命したくらいの溺愛ぶりである。



「アスラン=ザラ、キラ=H=ザラ、出頭いたしました」

「疲れているだろうが・・・・国防委員長からの通信だからな。 繋げてくれ」

「了解いたしました。 通信、繋ぎます」



アスランたちはブリッジに到着すると入室する際に、
敬礼と軍で義務付けられていることを名乗るとそのまま室内へ入った。
そんなアスランたちの姿にすまなそうな表情を見せたのは、
この艦の艦長であり彼らの上司でもあるアデスであった。



アデスの言葉に通信を開いてきたのが自分の父であることを知らされたアスランは、
先ほど考えた騒動がすぐそこに来ている事を悟り、キラを守れるようにキラの傍に寄った。



《アスランが無事にキラちゃんを連れて帰ったと連絡が入った》


「お久しぶりです、国防委員長・・・いえ、今は父上と呼んでもよろしいでしょうか」


《構わん。 国防委員長としても心配しているが・・・・父として心配しているのでな》


「お久しぶりです。 パトリック小父様」



キラは画面に映るパトリックの姿にニッコリと微笑を浮かべた。
その笑みを見たパトリックはそれまで引き締められていた表情を一変させ、
ブリッジクルーたちが今まで見たことのない表情を浮かべていた。



《キラちゃん! 無事だったかい?
宇宙にある衛星コロニーとはいえ、あのオーブが収めているコロニーだ。
ナチュラル共が何かしでかさなかったかい?
本来は別の者がその任務に就くはずだったが・・・
キラちゃん以上の優秀なプログラマがいなくてね・・・。
奪取してきたGシリーズのOS構築が終了次第、アスランと共に数日間の間休暇を与えるからね》



今まで見たことのない表情や口調を聞いたブリッジクルーたちは、モニターを見たまま硬直した。
パトリックがキラと逢った時に見せる表情や口調を以前目撃していたアデスやクルーゼ、
幼い頃から知っているアスランを除いたクルーたち全員であった。
それでも、自分たちの課せられている任務や役目は骨の髄まで鍛えられているのか
それぞれ動きながらだが、脳が完全に考えることを放棄していた。



「大丈夫ですよ、小父様。 いつも、トリィと一緒にいましたから。
すこし、睡眠をとってからOSを構築しなおしますね。
・・・僕のプログラムで足止めされている『足付き』・・・
『AA』が宇宙に出てくるまでには整備を終えておきます」


《分かった。 2人とも、本国に帰還次第他のメンバーと一緒に議会へ出頭するように》


「「了解」」



クルーたちが硬直したまま本国からの通信が切られ、
アデスのため息とクルーゼの声によってフリーズしていた彼らの思考が現実へと戻ってきた。
その様子を傍観していたアスランは、キラの耳が無事だという事実を喜び、
敬礼をしながらブリッジからキラを連れて退室していた。



ブリッジから自室へ戻ろうとしたアスランたちを呼び止めたのは、
同じ艦に所属する同僚と先輩であった。



「ブリッジに何の用だったんだ?」

「父上からの通信だった。 キラの帰還を聞いたらしくてな」

「そっか。 まぁ、あの人なら通信してくるだろうな。ガモフ組がメディカルルームに集まっているぞ。
キラの帰還した情報はあちらまで流れているからな」



同僚・・・ラスティ=マッケージに聞かれたアスランはそのままのことを答えると、
その答えを聞いた先輩・・・ミゲル=アイマンは納得とばかりに頷いた。




彼らはキラの前で表情が豹変するパトリックのことを知っている。
クルーゼ隊のパイロットたちと整備士の中で唯一紅服だあるキラは
アカデミー時代からの腐れ縁なのか、行動を共にすることが多かった。
そのため、視察に来ていた当時議員だったパトリックはキラたちの姿を認めた途端、
それまでの表情を崩したのを目撃したことが始まりである。




ミゲルの発言に頷いたキラたちはガモフに移っている3人のパイロットのいるメディカルルームへと向かった。
メディカルルームでは既にそれぞれの格好で寛いでおり、各々に休憩を取っていた。



「無事のようだな。 ナチュラル共が何かしでかさなかったか?」

「おっ!お帰り、姫」

「お帰りなさい、キラさん。
キラさんがいないこの半年間、アスラン結構荒れていて大変でした」



銀色の髪を持つ少年はそれまで持っていた本から視線を外し、
キラの姿をアイスブルーの瞳に映し出した。
金色の髪を持つ少年もまた、それまで読んでいた雑誌から視線を外すと
キラとキラを抱き締めるアスランに苦笑いを浮かべながらもどこか懐かしそうに目を細めた。
若草色の髪を持つ少年は、アスランの纏う空気が戻っていることに安堵した様子を見せた。



「ただいま、みんな。 大丈夫だよ、イザーク。 トリィと一緒にいたから。
ニコル、アスには・・・欠かさず通信していたけど・・・荒れていたの?」



キラはニッコリと微笑みながら3人に「ただいま」と答えた。
銀色の髪を持つ少年・・・イザーク=ジュールに聞かれたことに苦笑いを浮かべながらも
ポケットから取り出したメタルグリーンのペットロボである『トリィ』を取り出しながら答え、
若草色の髪を持つ少年・・・・ニコル=アマルフィに対して困った表情を見せた。



「アレと一緒か。 なら、安全だったな」

「通信していたんですか? ・・・・荒れまくっていましたよ。
ですから、今度から長期任務を受けないようにしてくださいね」



イザークは取り出されたトリィの性能をよく知っているため深く頷き、
ニコルは神妙な表情でキラを見た。



トリィの製作者はキラを抱き締めたまま動かないアスランである。
このトリィはプラントに移住した頃に作り出されたペットロボである。
普段は可愛らしいペットロボだが、実際にはキラの護衛を担っている。
そのため、イザークたちはトリィがキラの傍にいる限り彼女に危険が及ばないことを理解していた。



「・・・・・今回の任務は一応、俺も納得している。
キラ以上にプログラミング能力と情報処理能力が優れている者がいないことは、
アカデミーに入る前から納得しているからな。
・・・だが、感情がついていかないんだ。 こればっかりは」



アスランはどこか拗ねたような口調でぶっきらぼうに呟きながら、
抱き締めているキラの温もりを感じようと腕に力を込めた。
そのアスランの強い独占欲に満たされるキラもまた、自らアスランの胸元に擦り寄った。


そんな彼らの行動を見慣れたパイロットたちは苦笑いを浮かべながらも
どこか安心した表情を見せていた。

アカデミー時代から“氷の貴公子”と異名を持つ少年は、
ただ1人の・・・己が求める天使によって、半年振りの感情が表に出る。



少年から感情を面に出し、
そして・・・甘えることが出来るのは少年の求める唯一無二の天使だけである・・・・。





















2006/10/10
Web拍手より収納