「・・・約束だ。 必ず、君を迎えに行くからね?」



十三年前のあの時、一人の美しい少女に出会った。
何の興味もなかった俺だったが・・・唯一、あの少女を欲した。
・・・約束の今日、君を迎えに行く。
君を迎えに行く資格を得るために・・・・今日まで力を磨いてきたのだから・・・・・。



君は、俺にとっての至宝の存在。
君以外を、自分の嫁にしようとは・・・・想わない。








約束








ここは異界。
人間界で言えば、妖怪や物の怪と呼ばれるものたちが住まう地。
その中の一つのとある部族の里近くに、一人の青年が佇んでいた。



「さて、どうするか」



小さく呟くも、その思案もすぐに振り切る。
どうせ、どう転んでも騒動になるのだ。
なにせ、自分はこれから敵地ともいえるべき所へと乗り込み、宝ともいうべき者を奪おうというのだから。
ならば、隠れることなく、そこへ行けばいい。
求めるものの、在る地へ…場所へと。
そう決めてしまうと、後は早かった。彼は小さく微笑み、本来の姿となって、空を翔けた。
求めるものの在る場所…鳳凰族の里の中心、長の城のある場所へと向かって。



この日、鳳凰族の里は、常にない賑わいを見せていた。
それも道理で、今日、この日は、長の子どもたちの成人の日であったのだから。
長きにわたり子の無かった長に、十三年前、子が生まれた。
どちらもが凰(女性)ではあったが、二人の子…双子が。
それだけでも喜びであったのに、子らは長の子として恥ずかしく無いどころか、期待以上の能力を見せてくれた。
炎をその性とする鳳凰族は、たとえ女でも能力さえあれば、それなりの地位に就くことができる。
凰である彼女たちもまた、その能力を遺憾なく発揮し、周囲に将来への期待を持たせていた。
それだけでなく、二人は性格もよろしく、けっして長の子ということや能力の高さで驕ったりはしなかった。
まぁ、唯一の欠点といえば、姉たる者の妹への溺愛ぶりであろうが、それもあの妹御では致し方ないと、皆は笑って受け入れていた。
そんな彼女らの、今日は成人の日。
城はもとより、城下でも二人を祝っていた。




そんな、時。



「龍族だ!」

「攻めてきたのか!」



叫びが、聞こえた。
一人…、また一人と空を仰ぐと、そこには空翔ける龍身があった。
一瞬、その美しさに息を飲むも、その向かう先を知るに、人々は叫び、駆け出す。



そう。
その龍が向かうのは、城。
今まさに祝いの宴が開かれている場所だったから。
龍族と鳳凰族は、決して仲が良くはなかった。
その性情の違いからか、交流も殆ど無く。
どちらかといえば、現在は争いこそしていないけれど、敵対している状況。


そんな中で、龍…それも一目で高位の龍族ー龍族に限らず、高位の者ほどその姿は本来のものも、
人型となったときも美しいーと知れるものが城に向かう。
その目的は…。
長の血筋の抹殺だと、愛すべき二人を殺しに来たのだと、彼らは思った。
だからこそ、守るために……自分たちではかなわないかも知れないが、城へと向かった。






一方。
城でも、異変に気づいていた。
異種の者が、その気配を隠しもせずに近づいてくるのだ。
しかも、今日は……。
城下の者たちと同じ結論に達した彼らは、祝いの衣のままに、敵を迎え撃つべく武器を手にした。


けれど。
大広間の中央にひらりと舞い降りた者に、皆は絶句する。
あまりの、美しさに。
そう。
美と力は、比例する。
力が強大であればあるほど、自身も美を纏う。
彼は…目の前の者は、それで言うならば、凄まじいまでの力の持ち主といえる。
深い夜明けの宵闇を纏った絹糸のような髪に、光をはじく翠の瞳と白磁の肌。
冷たいまでの表情が、それをよりいっそう鋭利なものとする。
もしも今彼が何か事を起こしても、凍り付いたような彼らは、何をできるでもなく、ただやられていただろう。
それほどまでに、圧倒的な力。


だが。
彼は、何をもしなかった。
ただ視線を巡らせる。



そして。
ある一点で止まると、そちらへと向かう。
そこには、彼らの至宝が在った。
ダメだと、思った。
何とかしなくてはならないと。
けれど、その場の誰一人として、動ける者はいなかった。
ただただ、男の存在に畏怖するが故に。


だが。
その一瞬の後。



「!」



その場に在る者が、あり得ない事態に再び絶句した。
それまで表情一つ動かすこと無かった彼が、微笑んだのだ。
少し高い場所に立っていた、至宝の一人に、向かって。
しかも、その人に向かってすぃと跪きさえしたのだ。


彼らは、力を至上とする。
力の強い者が、弱い者に膝を折ることはあり得ない。
そして、今ここにいる誰よりも、彼は…強い。


そう。
彼は、存在一つで周囲を凍り付かせるだけの力を有する者。
纏う色彩。
それらが、彼の正体を示していた。
アスラン=ザラ。
龍の長の若長の一人であり、筆頭。
交流のない中でも伝わる噂は、この時代の若長たちは、いずれも優秀な者たちが揃っていたが、その中でも彼は飛び抜けていると伝えていた。
その噂が真実であると、それだけの力を彼は持っているのだと彼らは身を以て知った。
ならば、鳳凰族の長ですら、彼の力を防ぐのは、全力を持ってしてもできないとはいわないが、難しいだろう。


言い換えるならば、彼のふるわれる力ひとつで、城が…否、鳳凰族の里が壊滅してもおかしくはない。
それほどの、力持つ者。
それが、跪いた。
その先に在るのは、一人の少女。
彼らの至宝の一人。


将来的には大いなる力を持ちうる可能性(アスランにすら比するかも知れない)を秘めてはいるが、現在では成人したばかりの未だ幼子。
力持たぬ者。
そんな存在に、何故?
そんな彼らの疑問をよそに、アスランはさらに驚くべき行動をとった。
言った。
跪き、微笑みながら、視線をまっすぐにその少女に向けて、すっと右手を差し出して、言った。



「約束を果たしにきた。 おいで、キラ」



と。
その言葉に、周囲はざわつく。


約束? 
約束って、何?
なんで、龍族がキラ様の名前を知ってるんだ?
アスランの言葉に、様々な無言の疑問が飛び交う。
が。
彼の言った言葉の内の一言が脳内に染み渡るにつれて、別の感情がわき上がってくる。


そう。
“おいで”という一言。
それは、少々乱暴ではあるが、紛う事なき婚姻を求める…求婚ーなれば、彼が跪いたのも、分かる。それが正式の作法であるからーの言葉。
しかも、“おいで”となれば、彼らから至宝を奪うと宣言するもの。
その上に拒絶されるなど、考えてもいないことがわかる、その表情。
その態度。
それに。



「一体何を考えておりますの?」



ついに、姉が切れた。
勿論彼女とて、力の差は分かっていた。
というか、アスランの存在にあてられて、今まで何も言えなかったし、何もすることができなかった。



だが。
キラを溺愛する彼女にとっては、宣戦布告にも等しい求婚の言葉。
これを見過ごすことなど、できるはずもなかった。


けれど。
アスランはちらりと冷たい視線で彼女を一瞥ーただし、彼女がキラの姉だとは察したのだろう。
その他の者に向けるよりは、幾分柔らかなものでーしただけで、何も言わなかった。
優しい視線は、ただただキラ一人に向けられていて。

答えを、求めていた。
それに、キラは何も考えられなくなった。
ずっとずっと何も言ってきてもくれなくて。
会いにすら来てくれなくて。
伝わる噂に、不安が募って。
それでも、あの時に交わした約束と、そっと胸を飾る宝石が支えてくれて。


その彼が、今自分の目の前にいて。
約束を、果たそうと言ってくれて。
嬉しくないわけが無くて。
あの時から、キラの心には彼しか住んでいなかったから。
だから。



「キラ」



呼びかける優しい声と、おいでと促す微笑みに応えた。
差し伸べられる手を、取った。
その温かい胸に、飛び込んだ。



「アス…アス、アスぅ〜」



そしてキラは、与えられる温もりに、ただただ名前を呼んで、涙していた。
悲しみではない、涙を。


そのあまりといえばあまりに予想外なキラの行動に固まっていた面々が、ようやく復活した。
復活して、で、無視するんじゃないと怒鳴りたかったのだが。



「……で、どういう事か説明してもらえるのでしょうね?」



抱きしめられて泣くキラを見て、怒れる彼女ではなかったりする。
それに。



「言っただろう。 約束を果たしに来たと」



力在る者という一つの噂を肯定しつつ、しっかりともう一つの噂ー何時いかなる時にも動じない、
“氷の貴公子”というーを崩しつつも、あながちそれも嘘でもないんだと言うことを分かってしまう声音で答える。 


だが、それでは約束がいったい何のことなのか分からない。
ので。



「その約束というのは、何なのですか?」



と、問えば。
驚いたような表情をキラに向ける。

言ってないのか、と。
それに、アスランは自分たちが知っているものとして行動していると分かる。



「すみませんが、説明していただけますか?」



…本当なら、もう一方の当事者に聞くべきであろうが、少しばかり天然の入っているキラの説明では、
はっきり言って要領を得なくなるのは必然。

なので、本当の諸悪の根源に聞く。
言葉遣いは丁寧に、しかしその根底には、さっさと吐いて楽になってくださいとの意をしっかりと込めて。

それに、はぁ〜と、小さく溜息をついて、それでも言葉を紡いでいく。



「約束したのは、十三年前だ」



それは、知らなかった事実。



「歩いていたら、キラが落ちていたんだ」

「落ち…てた?」



だが、この男は言葉の選び方に難がありますねと思ったのも、事実。

言うに事欠いて、落ちていた…はないでしょう。
曲がりなりにも、鳳凰族の姫なのだから。

けれど、そんな空気を敏感に感じ取って、苦笑しつつ、話し続ける。



「本当なんだから、仕方がないだろう。道の真ん中で寝てたんだから。
ま、側に卵(彼らは、卵生だったりします♪ちゃんとアレはしますけどん♪)のカラが落ちてたから、そこで孵化したんだろうな」

「…それで?」



だが、続く言葉に、言葉を失う。



それは、十三年前に起こった、忘れ得ぬ出来事…そう、もう生まれると言う段階の卵が、なくなったのだ。
誰が持ち出したのかも結局分からなかった。
けれどそれは、当の卵から生まれた者『キラ』が無事に戻ったことで、よしとなったことだった。


それ、が。
こんなところで出てくるとは。



詳細を聞くべく、先を促すのに、アスランは的確に答えていった。
取り敢えず起こして、親元へ帰そうとしたこと。
名前を聞いたこと。
そして、約束の証にと護石(力を凝らせてつくったもの)を渡して、里近くまで連れてきたこと。


それはそれで、感謝すべき事。
彼が親切にも〔敵対していた種族〕であったにもかかわらずキラを返してくれたからこそ、彼らは彼女を得たのだから。
だが。



「その時に、羽を見せてもらった」



その一言は、聞き捨てならなかったりする。
確かに、本来の姿にもどれば、種族も分かる。
だが、アスランの言い方だと、キラは人間態のままで彼に羽を見せたと言うことらしい。


それが、大問題となる。
鳳凰族にとって、羽は重要な意味を持つ。
本来の姿となって見せるのならば、何ら問題はないのだが、人間態でとなると、意味合いが違ってくる。


それを、アスランは知っているのだろうか?
その無言の問いを、アスランは察し、



「キラが、言いましたよ。羽は一生側にいる、唯一の人にしか見せないのだと。 だから、約束した。
ずっと側にいると。 成人したら、迎えに行くからと」



そう、答える。
それは、羽の意味を知ることを肯定した言葉。


そして、約束の答え。
羽の意味…そう、それは唯一の人への誓いの証として見せるもの。
キラが自ら見せたと言うことは、アスランを唯一としたということで。
アスランがここにいるということは、彼もキラを唯一であることを受け入れたと言うことで。



これが他の龍族の者であったならば、そんなことはとんでもないとー龍族は、一般的に一夫多妻制。
鳳凰族は、一夫一婦制なのでー拒否できるのだ。




だが。



「僕で、いい…の?」

「キラがいい。 キラだけでいい」



不安そうにそう問うキラへの答えは、それすら蹴飛ばして、彼女だけを求めるもので。


そう。
アスランは未だ独身で、周囲も女の影などもなく、きれいなものだ。
それに今の言葉に、彼が龍族の婚姻の形態に倣う気がないことが分かる。



それに。
もっと大事なことがある。
アスランがその名を広く知られるようになったのは、ここ十年ばかりのこと。
それまでも、長の一族であるということで、それなりに周囲に名は知られていたが、
現在のアスランして知られるようになったのは、そうそう昔ではない。


そう、ここ、十年あまり。
それは、もしかしてもしかしなくとも?
まさかとは思うが、それしか考えられず、彼女は問うてみる。



「もしかしなくても、あなたの名は、キラのためですか?」



それへの答えは、実に簡潔で。
迷いも何もなく。



「当たり前だ。 あのままでキラの隣に相応しいと思うほど、俺は愚かじゃない」



キラの隣に立つためだと。
そう、言ってくださった。 


それはすなわち、キラ自身を彼が認めていると言うことで。
キラのためにだけ、その隣に立つ者として相応しいと周囲に認めさせるためにだけ、力を高めたと言うことで。
これでは。
もう、拒否はできない。


…というか、キラ自身が既に受け入れているのだから、それは論外(基本的に鳳凰族は恋愛至上♪)で。
ので。



「…キラが良いというのなら……」



こんなのを義弟になどと、思いっきり否定したいが。
しょうがない。
それでも、ちょっとした意趣返しは、させてもらおうと心密かに決意して。
許した。



「ありがとう、姉様♪」



姉の許しに、キラは満面の笑顔を見せ。
アスランは、彼女に対し儀礼的ではない小さな笑みを湛えて会釈を送る。




そして。
さすがにその場から龍の里へと連れ去りはしなかったけれど、
しっかりとそれまで忘れられていた長とキラとの正式な婚姻の約束を交わして。
鳳凰族と龍族の友好というおまけを付けて。
アスランはキラとの約束を果たした。


















2006/09/26